学年こそ1級違うが、同じ7歳児の孫君
北海道の7歳男児行方不明に端を発した、日本中を不安と心配に巻き込んだ事件。
発生から、6日ぶりに無事発見保護された田野岡大和君。
何はともあれ、その生命力の強さと、重なる幸運に、先ずはもろ手を挙げて叫びたい〝 バンザ~イ ” と。
同い年の孫を持つジジ・ババとしては、他人事ではない。
『やるせなさ』『やり場のない怒り』『親のエゴ』が頭をかすめる。
自分の子育て時代を思い返すと、確かに、親の思い通りにならない子に対して、今回と似たようなことをしたような。
「しつけ」という名の無理難題を押し付けたことに思いたる。
今こうして、悠々自適の老境で「まご育て」というゆとりがあって責任はない。という立場だから言えることもある。
子どもといえども、3歳前後からは一個の人間として自我が目覚める……というような専門的知識はその道に譲るとして。
経験則からいっても、子育て中の親の意識の在り方に大きな問題が潜んでいることは確かである。
それは、未経験の分野であり、仕事や家族の生活を支える責任感など、複雑な社会背景があることも承知している。
それにしても、やんちゃ盛りの7歳児が、突然、見も知らぬ森の中に放り出され、空腹と恐怖に耐えながら、命がけで過ごした6日間。いったい誰がどのように補いを付けるのか。精神的ダメージがなければいいが、心配する。今一度いう、他人事ではない。
今後の彼の成長ぶりをこの目で確かめたい気持ちは十分にある。
それでなくともこの最近、しつけと称して何人の子どもが命を奪われてきたことか。
父親母親になる立場の人たちへの「子育て教育」が必須な世の中になってきたようだ。
以前には、子育て経験豊富なベテランおばさん教師や、面倒見のいい世話焼きが周囲にいっぱいいたような。
今だって、子育て中の親がちょっと門戸を開いて外に出ていけば、解決策はそこら中に転がっているのではないか。
それが世間・浮世というものだよ……などと説いて聞かせるのは、時代遅れなんじゃろうねー。
さーて、〝 どうしたもんじゃろーのー ”
「叱る」と「怒る」は意味が異なること。
「しつけ」は「仕置」とはまるで違う。ましてや「押し付け」は誰もが嫌う。貴方だって嫌いでしょ。