kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

一乗谷朝倉氏遺跡

2011-10-06 19:16:44 | 旅行

10月1日、滋賀から北へ向かう程に、

秋晴れの清々しい日和になっていきました。

 

 

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JR福井駅から越美線に乗り換え15分、一乗谷にて下車。

 

或いは、北陸自動車道福井I.Cから国道158号線を10分

走ると一乗谷川を挟み、一乗谷朝倉氏遺跡があります。

 

 

 

          ” 戦国時代の城下町が

       400年以上もの長い間を経た現代に

        そっくり田畑の下から現れました。”

 

 

 

昭和42年頃から当主や侍の屋敷、寺院、職人や商人の

町屋、庭園、井戸、便所、道路、側溝に至るまで、

戦国時代の町並みが、ほぼ完全な姿で発掘されています。

 

 

祖先が兵庫県養父郡の豪族だった朝倉氏は

応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷を本拠とし

越前を平定しました。

 

 

以後、五代103年間にわたって越前の中心として

繁栄しました。

この間、京都や奈良の貴族、僧侶が下向し

京都の文化をもたらしたので、「北陸の小京都」 とも

呼ばれました。

 

 

しかし、天下統一を進める「織田信長」 に攻め入られ、

1573年、朝倉氏は滅び、城下町も焼き打ちにあい、

灰燼に帰し、次第に田畑の下に埋もれてしまったのです。

 

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侍屋敷跡

 

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町にはこの様な道が敷かれていた

 

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職人や商人の家の周りに側溝が造られていた

 

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町屋はこの様に屋根は木で葺かれ、土壁で出来ていた(復原した家です)

 

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当主屋敷の唐門、(江戸時代に立て替えられている)

門の後ろには大きな桜の木があり、春には美しく咲き誇るとのこと

当時この後ろの山上には、お城もあり、繁栄を物語る

 

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 町並み立体復原地区全景(ポスターです)

 

ポスターといえば、こんなポスターもありましたよ ♪

 

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白い犬のお父さん…

 

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もしかして、白い犬のお父さんは、朝倉さんちの番犬のご子孫?(笑)

 

 

冗談はさておき、その昔、

京都からもたらされた文化が栄え、たくさんの人びとが

暮らしていたと言う城下町、「一乗谷」が忽然と現れる…

 

歴史はロマンですね。

 

 

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