10月1日、滋賀から北へ向かう程に、
秋晴れの清々しい日和になっていきました。
JR福井駅から越美線に乗り換え15分、一乗谷にて下車。
或いは、北陸自動車道福井I.Cから国道158号線を10分
走ると一乗谷川を挟み、一乗谷朝倉氏遺跡があります。
” 戦国時代の城下町が
400年以上もの長い間を経た現代に
そっくり田畑の下から現れました。”
昭和42年頃から当主や侍の屋敷、寺院、職人や商人の
町屋、庭園、井戸、便所、道路、側溝に至るまで、
戦国時代の町並みが、ほぼ完全な姿で発掘されています。
祖先が兵庫県養父郡の豪族だった朝倉氏は
応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷を本拠とし
越前を平定しました。
以後、五代103年間にわたって越前の中心として
繁栄しました。
この間、京都や奈良の貴族、僧侶が下向し
京都の文化をもたらしたので、「北陸の小京都」 とも
呼ばれました。
しかし、天下統一を進める「織田信長」 に攻め入られ、
1573年、朝倉氏は滅び、城下町も焼き打ちにあい、
灰燼に帰し、次第に田畑の下に埋もれてしまったのです。
侍屋敷跡
町にはこの様な道が敷かれていた
職人や商人の家の周りに側溝が造られていた
町屋はこの様に屋根は木で葺かれ、土壁で出来ていた(復原した家です)
当主屋敷の唐門、(江戸時代に立て替えられている)
門の後ろには大きな桜の木があり、春には美しく咲き誇るとのこと
当時この後ろの山上には、お城もあり、繁栄を物語る
町並み立体復原地区全景(ポスターです)
ポスターといえば、こんなポスターもありましたよ ♪
白い犬のお父さん…
もしかして、白い犬のお父さんは、朝倉さんちの番犬のご子孫?(笑)
冗談はさておき、その昔、
京都からもたらされた文化が栄え、たくさんの人びとが
暮らしていたと言う城下町、「一乗谷」が忽然と現れる…
歴史はロマンですね。