迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

陰陽―カゲヒナタ―10

2012-05-10 18:12:17 | 戯作
「あ、お疲れ様です…」

おやおや、こんなところで会うとは。

「ケータイ、そっちもやっぱダメ?」

「そうですね。圏外ですよ」

「そっか…」

いつ着替えたのか、山内晴哉はパーカーにジーパンといった、ごく普通の服装だった。

見るからにむさ苦しいウインドよりも、こちらの方がよっぽど似合っているような…。

「家、どっちの方なの?」

自宅の最寄駅で答えると、

「川の向こうか。ちょっと距離あるな…」

「山内さんは?」

この駅で乗り換えとなる、地下鉄線の駅名を答えた。

「でもほら…」

と、改札口上のカラーモニターを指さして、「隣りの駅で人身事故(ジンシン)やらかして、どっちも動いてないだと」

「ああ…。地下鉄は天候関係ないのに、残念ですね」

と言いながら、僕は昨夜彼が、この駅の地下鉄口に行こうとしていた事を思い出した。

「どっちみち、ここで待つしかねえな…」

山内晴哉は腕時計を見て、「最悪、マン喫で夜明かしかな」

「明日も仕事ですか?」

山内晴哉は黙って頷いて、

「場合によってはサボるつもりだけど。あんたは?」

「僕も出勤です」

「じゃ、一緒にサボる?」

「いやぁ、それは…」

何と答えるべきか迷っていると、

「冗談に決まってんだろ」

と笑った。

笑顔に愛嬌があるところも、やはり翔に似ている…、と思った時、彼とのやりとりのために意識から外れつつあった、親友の身の上のことを思い出した。


翔、本当にどうしたんだ。

僅かな通話の内容を、よく思い返してみた。


公演そのものが中止になったのか?

いや、だったら初めからそう言うだろう。

と言うことはやはり、翔の身体(からだ)に何か異常がおきたのか…?


数日前に会った時、いきなりカラオケに行こうと言い出した事を思い出した。

舞台の仕事の時は特に喉には気を遣う翔の、不可思議な行動。

事実、素人の僕が聴いてさえも、声の調子が“狂って”いると感じた…。


狂っている?


『わたしの声は、すっかり狂ってしまいました』…


夢のなかで、“たかしま はるや”さんが訴えた言葉―あれは、もしかして…。


「なあ、ちょっと座んない?」

山内晴哉の声に、僕はふっと現実世界に返った。

「立ちっぱって、辛くないか?」

見れば、山内晴哉は先に床にペタンと座り込んで、壁に寄り掛かっていた。

「ああ、そうですね…」

もう長期戦は覚悟だ。

僕は前に何処だかで貰ったフリーペーパーを鞄から取り出すと、それを床に敷いて、その上に腰を下ろした。

山内晴哉はその様子を見て、思わずといった感じで吹き出した。

「え?」

「…いや、何でもない」

「だってズボン汚れません?」

「俺はあんま気にしないほうだから」

そして僕の顔を覗き込むようにして、「ところで、いくつ?」

「二十二です」

「ことし?」

「今年で二十三になりますね」

「じゃ、同い年(タメ)か」

「へぇ…」

大人っぽく見えるから、もう一か二、上かと思っていた。

「ええと、名前…」

「近江です」

「近江さんって俺、今まで年下だと思ってた」

「いくつに見えました?」

「十八か、九くらい」

「マジですか?それでは、未成年じゃないですか」

「マジそう見えたんだって。最初に会った時、高校卒業したてのヤツなのかな、と」

確かに、二十歳(はたち)くらいに見える、と言われたことはあった。

実際よりも老けて見られるのはイヤだけれど、だからと言って十八、九では、「幼く見える」と言われたようで、逆にショックだった。

「そんなにガキっぽいですかねえ…」

「ガキっぽくはない。“少年”っぽい、だな」

「一緒ですよ」

「一緒じゃねえって。ガキっぽいってのはさ…」

山内晴哉は前方をアゴでしゃくった。

その先の、改札口外のコンコースでは、ビニール合羽姿のリポーターが、TVカメラの前で実況中継をしていた。

そのリポーターの背後では、TVカメラを見ながらケータイで何やら喋っているのや(アイツらの機種は電波が通じるのか?)、ニヤつきながらピースして飛び跳ねている、若いオトコたちの姿…。


こういう時の定番の光景だ。


「ああいうバカ丸出しのヤツを云うんだって。ま、っぽいどこじゃなくて“ガキ”そのものだけどな、アイツら。みっともねぇ」

「まぁ確かに」

「いくらイケメンぶってカッコつけたってさ、バカはホントにどこまで行ってもバカの顔付きしてる」

こんなぶっちゃけた言い方ではないけれど、翔も前にこれと似たような事を言っていた。


“ラーメン屋は、ラーメン屋の顔付きになる”


あ、別にラーメン屋が悪いと云うわけじゃないよ、念のため言っとくけど。


それはさておき、僕なんかはさぞかし、ビンボー画家志望のカオをしているのだろうな。


山内晴哉は…?


宮嶋翔とどこか雰囲気の似た、イケメンではある。


でも、どこかが違う。


決定的に。


どこかが…。






〈続〉
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