「あ、お疲れ様です…」
おやおや、こんなところで会うとは。
「ケータイ、そっちもやっぱダメ?」
「そうですね。圏外ですよ」
「そっか…」
いつ着替えたのか、山内晴哉はパーカーにジーパンといった、ごく普通の服装だった。
見るからにむさ苦しいウインドよりも、こちらの方がよっぽど似合っているような…。
「家、どっちの方なの?」
自宅の最寄駅で答えると、
「川の向こうか。ちょっと距離あるな…」
「山内さんは?」
この駅で乗り換えとなる、地下鉄線の駅名を答えた。
「でもほら…」
と、改札口上のカラーモニターを指さして、「隣りの駅で人身事故(ジンシン)やらかして、どっちも動いてないだと」
「ああ…。地下鉄は天候関係ないのに、残念ですね」
と言いながら、僕は昨夜彼が、この駅の地下鉄口に行こうとしていた事を思い出した。
「どっちみち、ここで待つしかねえな…」
山内晴哉は腕時計を見て、「最悪、マン喫で夜明かしかな」
「明日も仕事ですか?」
山内晴哉は黙って頷いて、
「場合によってはサボるつもりだけど。あんたは?」
「僕も出勤です」
「じゃ、一緒にサボる?」
「いやぁ、それは…」
何と答えるべきか迷っていると、
「冗談に決まってんだろ」
と笑った。
笑顔に愛嬌があるところも、やはり翔に似ている…、と思った時、彼とのやりとりのために意識から外れつつあった、親友の身の上のことを思い出した。
翔、本当にどうしたんだ。
僅かな通話の内容を、よく思い返してみた。
公演そのものが中止になったのか?
いや、だったら初めからそう言うだろう。
と言うことはやはり、翔の身体(からだ)に何か異常がおきたのか…?
数日前に会った時、いきなりカラオケに行こうと言い出した事を思い出した。
舞台の仕事の時は特に喉には気を遣う翔の、不可思議な行動。
事実、素人の僕が聴いてさえも、声の調子が“狂って”いると感じた…。
狂っている?
『わたしの声は、すっかり狂ってしまいました』…
夢のなかで、“たかしま はるや”さんが訴えた言葉―あれは、もしかして…。
「なあ、ちょっと座んない?」
山内晴哉の声に、僕はふっと現実世界に返った。
「立ちっぱって、辛くないか?」
見れば、山内晴哉は先に床にペタンと座り込んで、壁に寄り掛かっていた。
「ああ、そうですね…」
もう長期戦は覚悟だ。
僕は前に何処だかで貰ったフリーペーパーを鞄から取り出すと、それを床に敷いて、その上に腰を下ろした。
山内晴哉はその様子を見て、思わずといった感じで吹き出した。
「え?」
「…いや、何でもない」
「だってズボン汚れません?」
「俺はあんま気にしないほうだから」
そして僕の顔を覗き込むようにして、「ところで、いくつ?」
「二十二です」
「ことし?」
「今年で二十三になりますね」
「じゃ、同い年(タメ)か」
「へぇ…」
大人っぽく見えるから、もう一か二、上かと思っていた。
「ええと、名前…」
「近江です」
「近江さんって俺、今まで年下だと思ってた」
「いくつに見えました?」
「十八か、九くらい」
「マジですか?それでは、未成年じゃないですか」
「マジそう見えたんだって。最初に会った時、高校卒業したてのヤツなのかな、と」
確かに、二十歳(はたち)くらいに見える、と言われたことはあった。
実際よりも老けて見られるのはイヤだけれど、だからと言って十八、九では、「幼く見える」と言われたようで、逆にショックだった。
「そんなにガキっぽいですかねえ…」
「ガキっぽくはない。“少年”っぽい、だな」
「一緒ですよ」
「一緒じゃねえって。ガキっぽいってのはさ…」
山内晴哉は前方をアゴでしゃくった。
その先の、改札口外のコンコースでは、ビニール合羽姿のリポーターが、TVカメラの前で実況中継をしていた。
そのリポーターの背後では、TVカメラを見ながらケータイで何やら喋っているのや(アイツらの機種は電波が通じるのか?)、ニヤつきながらピースして飛び跳ねている、若いオトコたちの姿…。
こういう時の定番の光景だ。
「ああいうバカ丸出しのヤツを云うんだって。ま、っぽいどこじゃなくて“ガキ”そのものだけどな、アイツら。みっともねぇ」
「まぁ確かに」
「いくらイケメンぶってカッコつけたってさ、バカはホントにどこまで行ってもバカの顔付きしてる」
こんなぶっちゃけた言い方ではないけれど、翔も前にこれと似たような事を言っていた。
“ラーメン屋は、ラーメン屋の顔付きになる”
あ、別にラーメン屋が悪いと云うわけじゃないよ、念のため言っとくけど。
それはさておき、僕なんかはさぞかし、ビンボー画家志望のカオをしているのだろうな。
山内晴哉は…?
宮嶋翔とどこか雰囲気の似た、イケメンではある。
でも、どこかが違う。
決定的に。
どこかが…。
〈続〉
おやおや、こんなところで会うとは。
「ケータイ、そっちもやっぱダメ?」
「そうですね。圏外ですよ」
「そっか…」
いつ着替えたのか、山内晴哉はパーカーにジーパンといった、ごく普通の服装だった。
見るからにむさ苦しいウインドよりも、こちらの方がよっぽど似合っているような…。
「家、どっちの方なの?」
自宅の最寄駅で答えると、
「川の向こうか。ちょっと距離あるな…」
「山内さんは?」
この駅で乗り換えとなる、地下鉄線の駅名を答えた。
「でもほら…」
と、改札口上のカラーモニターを指さして、「隣りの駅で人身事故(ジンシン)やらかして、どっちも動いてないだと」
「ああ…。地下鉄は天候関係ないのに、残念ですね」
と言いながら、僕は昨夜彼が、この駅の地下鉄口に行こうとしていた事を思い出した。
「どっちみち、ここで待つしかねえな…」
山内晴哉は腕時計を見て、「最悪、マン喫で夜明かしかな」
「明日も仕事ですか?」
山内晴哉は黙って頷いて、
「場合によってはサボるつもりだけど。あんたは?」
「僕も出勤です」
「じゃ、一緒にサボる?」
「いやぁ、それは…」
何と答えるべきか迷っていると、
「冗談に決まってんだろ」
と笑った。
笑顔に愛嬌があるところも、やはり翔に似ている…、と思った時、彼とのやりとりのために意識から外れつつあった、親友の身の上のことを思い出した。
翔、本当にどうしたんだ。
僅かな通話の内容を、よく思い返してみた。
公演そのものが中止になったのか?
いや、だったら初めからそう言うだろう。
と言うことはやはり、翔の身体(からだ)に何か異常がおきたのか…?
数日前に会った時、いきなりカラオケに行こうと言い出した事を思い出した。
舞台の仕事の時は特に喉には気を遣う翔の、不可思議な行動。
事実、素人の僕が聴いてさえも、声の調子が“狂って”いると感じた…。
狂っている?
『わたしの声は、すっかり狂ってしまいました』…
夢のなかで、“たかしま はるや”さんが訴えた言葉―あれは、もしかして…。
「なあ、ちょっと座んない?」
山内晴哉の声に、僕はふっと現実世界に返った。
「立ちっぱって、辛くないか?」
見れば、山内晴哉は先に床にペタンと座り込んで、壁に寄り掛かっていた。
「ああ、そうですね…」
もう長期戦は覚悟だ。
僕は前に何処だかで貰ったフリーペーパーを鞄から取り出すと、それを床に敷いて、その上に腰を下ろした。
山内晴哉はその様子を見て、思わずといった感じで吹き出した。
「え?」
「…いや、何でもない」
「だってズボン汚れません?」
「俺はあんま気にしないほうだから」
そして僕の顔を覗き込むようにして、「ところで、いくつ?」
「二十二です」
「ことし?」
「今年で二十三になりますね」
「じゃ、同い年(タメ)か」
「へぇ…」
大人っぽく見えるから、もう一か二、上かと思っていた。
「ええと、名前…」
「近江です」
「近江さんって俺、今まで年下だと思ってた」
「いくつに見えました?」
「十八か、九くらい」
「マジですか?それでは、未成年じゃないですか」
「マジそう見えたんだって。最初に会った時、高校卒業したてのヤツなのかな、と」
確かに、二十歳(はたち)くらいに見える、と言われたことはあった。
実際よりも老けて見られるのはイヤだけれど、だからと言って十八、九では、「幼く見える」と言われたようで、逆にショックだった。
「そんなにガキっぽいですかねえ…」
「ガキっぽくはない。“少年”っぽい、だな」
「一緒ですよ」
「一緒じゃねえって。ガキっぽいってのはさ…」
山内晴哉は前方をアゴでしゃくった。
その先の、改札口外のコンコースでは、ビニール合羽姿のリポーターが、TVカメラの前で実況中継をしていた。
そのリポーターの背後では、TVカメラを見ながらケータイで何やら喋っているのや(アイツらの機種は電波が通じるのか?)、ニヤつきながらピースして飛び跳ねている、若いオトコたちの姿…。
こういう時の定番の光景だ。
「ああいうバカ丸出しのヤツを云うんだって。ま、っぽいどこじゃなくて“ガキ”そのものだけどな、アイツら。みっともねぇ」
「まぁ確かに」
「いくらイケメンぶってカッコつけたってさ、バカはホントにどこまで行ってもバカの顔付きしてる」
こんなぶっちゃけた言い方ではないけれど、翔も前にこれと似たような事を言っていた。
“ラーメン屋は、ラーメン屋の顔付きになる”
あ、別にラーメン屋が悪いと云うわけじゃないよ、念のため言っとくけど。
それはさておき、僕なんかはさぞかし、ビンボー画家志望のカオをしているのだろうな。
山内晴哉は…?
宮嶋翔とどこか雰囲気の似た、イケメンではある。
でも、どこかが違う。
決定的に。
どこかが…。
〈続〉