そこへ、パンパンに膨らんだショルダーバッグを肩に引っ掛けた母親と、やけに大人びた服装をした小学校低学年くらいの娘とが、僕たちの前を通り過ぎて行った。
母親は、やはり使えないらしいスマホに指を頻りに走らせながら、「これじゃオーディションに間に合わないわ…」などと焦りまくっていた。
そのオーディションとやらを受ける当人であるらしい娘の方は、“もう終わった”、みたいな表情(かお)。
そんな母娘が改札口を出て行く後ろ姿を、二人で何となく見送っているうち、山内晴哉が、
「子タレ、か…」
と呟いた。
「はい?」
「だから、子役だよ。今の」
「ああ、子供のタレント。言われてみれば、そんな雰囲気でしたね」
「アレは売れねえな」
「わかるんですか?」
「勘で」
「はあ」
「あんなの、掃いて棄てるほどいるからな。需要より供給が多過ぎるんだ。だから、熾烈な争いになる」
「へぇ…」
それを勝ち抜いてきたのが、いまの宮嶋翔だ。
そんな“暗闘”については、翔の口からたまに漏れ聞くことがある。
あんまり口外しちゃいけないらしいから、それについては話さないけど。
「なんか、あっちのギョーカイに詳しいみたいですね」
山内晴哉は天井を仰ぎながら、
「知り合いにいたんだ。昔、子タレやってたのが…」
「ああ」
「そいつはある時さ、自分には“運”が無いってことに気が付いて、それですっぱり足を洗ったんだ」
「運、ですか。才能とか実力とかではなくて」
「そうだよ」
山内晴哉は、ハッキリと僕の方を向いた。「ゲーノーカイは、手前(てめえ)の実力とか能力とか才能とか、そんなの関係ねえんだ。全てはそいつに、“運”があるかどうか。そこに懸かってんだよ」
「つまり、出世するかしないかは、その人の能力とかではない、もっと他のところにある、と」
「お、話し解るね。そゆこと」
山内晴哉は、いつかのように、また握手を求めてきた。
「そいつもつくづく言ってたけどさ、TVとかって、事務所とかマネージャーのゴリ押しで出るもんだって。そういうチャンスに恵まれないヤツは、どんなに実力とか才能とかあっても、絶対に仕事なんてないんだとさ…」
山内晴哉の言葉は、やけに重く僕の耳に響いた。
「何だかんだ言っても、結局は現場に出た者(もん)勝ち」
そして僕の手を握る山内晴哉の手は、やけに熱かった。
僕はふと思った。
この人も、ギョーカイに片足を突っ込んでいるか、或いは突っ込んでいたか、どちらかではないだろうか…。
そう考えれば、どこか親友に雰囲気が似ているのも、納得がいく…。
僕は思い切って、あなたは宮嶋翔に顔の感じが似ているとよく言われません?、と訊いてみようかと思った。
僕が翔と親友であることは、絶対に伏せたままにして。
でも先に口を開いたのは、山内晴哉の方だった。
「さっきの子タレさ…」
「あ、はい…」
「オーディションがどうとか言ってたけど、あんなのだって殆ど、出来レースだったりするからな」
「……」
僕は一瞬、返事に詰まった。
その反応に、山内晴哉は満足らしい表情をみせた。
「その知り合いが子タレやってる時に、あるアニメの声優オーディションに行ったら、そこに宮嶋翔がいたんだって」
思いもよらぬ人の口から、思いもよらぬ名前が出て来た!
「宮嶋翔って、知ってるだろ?」
「はい…」
「アイツその頃から既に子役で売れていてさ。ほかメンツはって言うと、大して売れてないヤツばっかりなんだよ。もちろん、その知り合いも含めてな」
「……」
「無名ばっかりのなかに、有名なのがいきなり一人だけいるなんて、オカシイだろ?」
「まあ、普通に考えたら…」
「で、そいつは子供心にもピンと来たんだと。『これは出来レースだ』って」
「……」
「結局、そのキャラの声は宮嶋翔で決まった、と。案の定ってやつだな」
「じゃあ、そのオーディションは、タダの見せかけだったわけですか…?」
「たぶん十中八九。とりあえず形だけはやりました、みたいな」
「ありえない」
「そんなの、ザラ」
僕はもう、これ以上は聞きたくはなかった。
オーディションの実際については、僕も親友から「一部では」と云う但し書き付きで、ある程度は聞いて知っていた。
でもその話しに親友が絡んでくるのは、聞くに忍びなかった。
翔に限ってそんなズルイことに関係はしていない…!なんて、キレイ事を言うつもりはない。
世の中にそんなものが存在しないことくらい、僕だってわかっている。
宮嶋翔が子役からスタートして、成人への転換期でコケることなく今まで俳優活動を続けて来られたのは、もちろん本人の努力だけではないだろう。
どんな世界でも、生きていれば色々とあるのは当たり前だし、そのなかのブラックゾーンを、わざわざ声に出す必要なんてない。
「まあ、華やかな世界ほど、実際はそうではない、と云うことなんでしょうね」
僕はさっさとこの話題を締め括りたくなった。
〈続〉
母親は、やはり使えないらしいスマホに指を頻りに走らせながら、「これじゃオーディションに間に合わないわ…」などと焦りまくっていた。
そのオーディションとやらを受ける当人であるらしい娘の方は、“もう終わった”、みたいな表情(かお)。
そんな母娘が改札口を出て行く後ろ姿を、二人で何となく見送っているうち、山内晴哉が、
「子タレ、か…」
と呟いた。
「はい?」
「だから、子役だよ。今の」
「ああ、子供のタレント。言われてみれば、そんな雰囲気でしたね」
「アレは売れねえな」
「わかるんですか?」
「勘で」
「はあ」
「あんなの、掃いて棄てるほどいるからな。需要より供給が多過ぎるんだ。だから、熾烈な争いになる」
「へぇ…」
それを勝ち抜いてきたのが、いまの宮嶋翔だ。
そんな“暗闘”については、翔の口からたまに漏れ聞くことがある。
あんまり口外しちゃいけないらしいから、それについては話さないけど。
「なんか、あっちのギョーカイに詳しいみたいですね」
山内晴哉は天井を仰ぎながら、
「知り合いにいたんだ。昔、子タレやってたのが…」
「ああ」
「そいつはある時さ、自分には“運”が無いってことに気が付いて、それですっぱり足を洗ったんだ」
「運、ですか。才能とか実力とかではなくて」
「そうだよ」
山内晴哉は、ハッキリと僕の方を向いた。「ゲーノーカイは、手前(てめえ)の実力とか能力とか才能とか、そんなの関係ねえんだ。全てはそいつに、“運”があるかどうか。そこに懸かってんだよ」
「つまり、出世するかしないかは、その人の能力とかではない、もっと他のところにある、と」
「お、話し解るね。そゆこと」
山内晴哉は、いつかのように、また握手を求めてきた。
「そいつもつくづく言ってたけどさ、TVとかって、事務所とかマネージャーのゴリ押しで出るもんだって。そういうチャンスに恵まれないヤツは、どんなに実力とか才能とかあっても、絶対に仕事なんてないんだとさ…」
山内晴哉の言葉は、やけに重く僕の耳に響いた。
「何だかんだ言っても、結局は現場に出た者(もん)勝ち」
そして僕の手を握る山内晴哉の手は、やけに熱かった。
僕はふと思った。
この人も、ギョーカイに片足を突っ込んでいるか、或いは突っ込んでいたか、どちらかではないだろうか…。
そう考えれば、どこか親友に雰囲気が似ているのも、納得がいく…。
僕は思い切って、あなたは宮嶋翔に顔の感じが似ているとよく言われません?、と訊いてみようかと思った。
僕が翔と親友であることは、絶対に伏せたままにして。
でも先に口を開いたのは、山内晴哉の方だった。
「さっきの子タレさ…」
「あ、はい…」
「オーディションがどうとか言ってたけど、あんなのだって殆ど、出来レースだったりするからな」
「……」
僕は一瞬、返事に詰まった。
その反応に、山内晴哉は満足らしい表情をみせた。
「その知り合いが子タレやってる時に、あるアニメの声優オーディションに行ったら、そこに宮嶋翔がいたんだって」
思いもよらぬ人の口から、思いもよらぬ名前が出て来た!
「宮嶋翔って、知ってるだろ?」
「はい…」
「アイツその頃から既に子役で売れていてさ。ほかメンツはって言うと、大して売れてないヤツばっかりなんだよ。もちろん、その知り合いも含めてな」
「……」
「無名ばっかりのなかに、有名なのがいきなり一人だけいるなんて、オカシイだろ?」
「まあ、普通に考えたら…」
「で、そいつは子供心にもピンと来たんだと。『これは出来レースだ』って」
「……」
「結局、そのキャラの声は宮嶋翔で決まった、と。案の定ってやつだな」
「じゃあ、そのオーディションは、タダの見せかけだったわけですか…?」
「たぶん十中八九。とりあえず形だけはやりました、みたいな」
「ありえない」
「そんなの、ザラ」
僕はもう、これ以上は聞きたくはなかった。
オーディションの実際については、僕も親友から「一部では」と云う但し書き付きで、ある程度は聞いて知っていた。
でもその話しに親友が絡んでくるのは、聞くに忍びなかった。
翔に限ってそんなズルイことに関係はしていない…!なんて、キレイ事を言うつもりはない。
世の中にそんなものが存在しないことくらい、僕だってわかっている。
宮嶋翔が子役からスタートして、成人への転換期でコケることなく今まで俳優活動を続けて来られたのは、もちろん本人の努力だけではないだろう。
どんな世界でも、生きていれば色々とあるのは当たり前だし、そのなかのブラックゾーンを、わざわざ声に出す必要なんてない。
「まあ、華やかな世界ほど、実際はそうではない、と云うことなんでしょうね」
僕はさっさとこの話題を締め括りたくなった。
〈続〉