ラジオ放送の、寳生流「歌占」を聴く。
歌占(うたうら)とは、和歌をしたためた短冊を弓にいくつも垂らし、相手に一首引かせてその歌の意味から吉凶を讀み解いた占ひのことで、現在の神社佛閣で引くおみくじに和歌が書かれたものがあるのは、この時代の名殘り云々。
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この曲では加賀國白山で里人に養育されてゐる少年が、若い総白髪の歌占から引いた『鶯の 卵(かいご)のなかのほととぎす しゃが父に似て しゃが父に似ず』の歌から、少年こそが歌占ひの白髪男の生き別れた我が子であることが判る展開が前半に、後半には同時代に評判をとったと云ふ「地獄の曲舞」を取り込んだ狂亂能。
シテの歌占男は、もとは伊勢國二見ヶ浦の神職であったが、我が子と生き別れて諸國を巡るうちに三日間の假死状態となり、そのときに地獄めぐりをしたことなどから壮年にして総白髪となって蘇生した、と云ふ人物設定には、作者である世阿彌の長男十郎元雅の異才ぶりが窺へるが、曲全体に漂ふ鈍色の空氣もまた、傳聞するこの藝能者の人生が窺へる。
この能はたしか金春流で一度觀ており、その時はシテが着けてゐる垂髪の白鬘ばかりが印象に殘り、曲の内容まではアタマに入らない憾みを殘したが、今回の謠寳生で、やうやく「かういふことを謠ってゐるのか……」と、抽斗の中身を補完す。