朝のラジオ放送で、和泉流野村万蔵家の狂言を聴く。
はじめの「鈍太郎(どんだらう)」は、無断で三年も都を留守にした男が本妻と權妻に愛想を尽かされた失意で出家したところ、近所の若い男たちにからかはれたものと勘違ひしてゐた二人の女は思ひ止まるやう懇願するが──
結末はなんとも調子(ムシ)が良いこの狂言、ろう者劇團の手話狂言で一度觀てゐるが、二人の女が鈍太郎を手車に乗せて謠ひ囃しながら揚幕へ入る結末部分が賑やかだった、と云ふ印象しかない。
むしろ私は、“落雷”して腰を痛めた雷様を藪醫者が鍼治療して感謝される、「雷」のおおらかな話しのはうが好きだ。
大藏流山本東次郎家の所演で觀たとき、雷様に誰何された藪醫者が醫師と答へると、「イシ? イシ(石)が喋るか!」と雷様がボケる様を、あの硬質な藝で觀たときの妙味は生涯の記念。
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また、山形縣鶴岡市で觀た黒川能版──こちらは「針立雷」──の素朴な味はひも、また御馳走だった。
さうした味付けには、そこに着くまでの道中(たび)も調味料として深く関はってゐることは、間違ひない。
ご當地で黒川能を觀る場合、羽越本線の鶴岡驛がその最寄りとなるが、その羽越本線の村上~鶴岡間の年間収支は49億9000萬圓の大赤字云々。
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この區間は日本海に沿って走る、これぞ鐵道旅行の醍醐味と云った風光明媚な車窓が樂しめる區間でもある。
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(※令和元年七月撮影)
たしかに鈍行の場合、乗客は登下校の地元高校生たちのほか、“18きっぱー”のやうな遠方からの物數奇がせいぜいで、なるほどあれでは採算が取れないだらう。
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(※鶴岡驛にて 令和元年七月)
……が、それでも鐵路はのこしてほしい。
旅に味がなくなる。