迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

てつみちがゆく──「英雄ED75 1039」

2021-09-02 19:40:00 | 鐵路
常磐線が九年ぶりに全線再開して一周年を記念した企画展「常磐線展」を、旧新橋停車場鉄道歴史展示室にて観る。



人災疫病禍が深刻化の様相を見せはじめた昨年三月十四日、東日本大震災による被災から完全復活を果たした常磐線は全線が平坦な土地を通るため、戰後から昭和四十三年までは、東北とを繋ぐ主要鐵路だった。


しかしあの日、その平坦な土地を襲った大津波によって常磐線は甚大な被害を受ける。

津波で無惨に破壊された電車の冩真は、十年が経った現在見てもなお胸が痛くなり、涙が溢れさうになる。

しかし一方で、浜山田驛~山下驛間を貨物輸送中の14:46に大きな揺れで緊急停車した30分後に津波に襲はれ、車体の半分まで浸りながらもその重量さから線路に踏みとどまって耐へ抜き、機関士の生命(いのち)を守り通した電氣機関車ED75 1039号機の存在があったことを、この企画展で初めて知る。


(※鐵道博物館に静態保存の同型機)

しかしその後についてまでは紹介されてゐないため自分で調べたところ、ЕD75 1039号機は海水の浸水による機械の損傷が激しかったため、その場で解体されたとのこと。

しかしナンバープレートだけは、現在もJR貨物が保存してゐるやうだ。


東日本大震災以来、猫も杓子も「寄り添ふ」と云ふ言葉の響きに酔っ拂ひ、それを口先ばかりで弄する風潮が根付いて氣色の惡いことおびただしいが、機関士に寄り添ってその生命を守り抜いたED75 1039号機こそ、その言葉に相應しいと云ふものだ。


それはつまり、

命懸けの重い言葉であり、

余人の如く響きだけに酔っ拂って人氣取りで用ゐるやうな、

そんな軽々しい言葉などではないことを、

はっきりと教へてゐるのである。






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