行き行きて 駿河の国にいたりぬ
宇津の山にいたりて わが入らむとする道は いと暗う細きに
つたかえでは茂り ものこころぼそく すずろなるめを見ることと思うに
修行者にあいたり 「かかる道は いかでかいます」
と言うをみれば 見し人なりけり
京に その人の御もとにとて ふみ書きてつく
くねくねとくねりながら、宇津ノ谷峠(宇津ノ谷トンネル)に至る山の道
上記は、「伊勢物語」東下りの一節です。
都を追われた在原業平は、数人の供を連れて東の国を目指して旅をします。
京から何日もかかって、ようやく駿河の国(静岡)に着いたのでしょう。その最後の峠が、宇津の谷峠です。宇津ノ谷峠は蔦や楓の生い茂った人の気配もない寂しい山の細道です。そこで、山賊ならぬ知り合いの修行僧に出会った、というのですから驚きです。で、その人に 都への便りを託します。
駿河なる 宇津の山辺の うつつにも 夢にも人に あわぬなりけり
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連休の最終日、知りあいが岡部町のギャラリーで個展を開いているというので、岡部町まで出かけました。岡部町というのは、宇津の谷峠を越えて駿河に至る登り口の町です。今では、峠を抜ける立派な「平成トンネル」ができていて、静岡市と岡部町は30分もあれば行ける距離なのですが、せっかく岡部町まで来たのだからと、帰りは業平の歩いた昔の宇津ノ谷峠を越えることにしました。
秋風に薄の穂の揺れる山の道は、今も昔と変わらぬ寂しい山の中。業平は「夢にもうつつにも⦅あなた⦆に会えない」と嘆いていますが、私には「宇津の山辺は、夢にもうつつにも、誰にも人と出会うことのない寂しい山の中だよ」とその寂しさを訴えているようにしか思えません。今では、山越えの道は、「蔦の細道」として整備されていて、日帰りのハイキングが楽しめます。峠を越すと昔の風情を残す「お羽織屋敷」や「宿場」などもあります。
今は歩いて通るだけの「明治時代にできたトンネル」の入り口で
明治トンネル・内部はレンガづくり、歩いてぬけられます。(ちなみにトンネルは、明治・大正・昭和・平成と四本ある。)
ここは、夜になるとどこからともなく人の声が聞こえてくる心霊スポットなのだとか!
山道に薄の穂が揺れて狐や狸が出たりしたら、夜はかなり恐ろしい 光景だろうと思われます。
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山は暮れて 野は黄昏の 薄かな (与謝蕪村)
参照 宇津の谷地区は静岡市の西端、旧東海道の丸子宿と岡部宿の間に位置し、街道を往来する旅人たちが休憩した静かな山あいにある40戸ほどの集落です。ここでは、街道の面影を残す懐かしい雰囲気を感じることができます。当地区では、地元住民などによる協議会をつくり、歴史や街道の面影を継承していく活動をしています。また、静岡市では、この地区を都市景観条例で「美しいまちづくり推進地区」に指定し、街道の面影を残すまちなみの保存に取り組んでいます。そしてこの活動が評価され、国土交通省による平成17年度都市景観大賞「美しいまちなみ賞」の美しいまちなみ優秀賞を受賞しました。