今、大ぶりの紫苑(シオン)が数株、薄紫色の野菊を束ねた様な格好で咲いていて、
家の玄関沿いの塀をにぎわしています。
紫苑の花言葉は あの人(君)のことを忘れない
紫苑は「実家の庭にもよく咲いていた花だし、地味で特に美しいというわけでもないし・・・」、そんな思いもあって、今まで特別に思い入れをしたことがありませんでした。ところが、植えた覚えもないのに、いつの間にか家の庭のあちこちで花を咲かせています。「いったい、いつ頃、誰が 植えたのかしら・・・」と、ちょっと不思議でもあったのです。
で、「紫苑」について調べてみると、この花は、平安時代から多くの人々に親しまれた日本的な花の一つであること、藤袴や女郎花のように「源氏物語」や「枕草子」や「今昔物語」にも登場していること、花言葉でもわかるように、昔からかなり思い入れの深い花であったことがわかったのです。
「兄弟二人 萱草(カンゾウ)・紫苑(シオン)を植うる話」
昔、男子二人ありけるが、その父失せにけれど、その二人の子供 父を恋い悲しむ事、年をふれども忘るることなかりき。二人はずっと父親の墓参りを欠かさなかったが、年月を重ねるうちに、兄の方は自分の仕事が忙しく、なかなか墓参りにもいけなくなった。一方、弟の方はずっと父を忘れることができず、変わることなく墓参りを続け、父と交わりを続けた。兄は「萱草」を植えれば思いを断ち切り忘れることができると、庭に「萱草」を植えた。弟は「紫苑」こそは心に思う人を忘れることがないのだ、と「紫苑」を墓に植えた、という。(今昔物語)
萱草の花
そんな今昔物語の逸話から、こんな言葉が生まれたのだとか。
嬉しきことあらん人は紫苑を植えてみるべし(紫苑は長く咲き続ける花)
憂いあらん人は萱草を植えてみるべし (萱草は一日花で萎れてしまう花)
家の庭には、今、「紫苑」と「萱草」が同時に咲いています。それらが、いつ頃からここにあったのか、誰が植えたのか、私は知りません。もしかしたら、「あなたのことは忘れない」と誰かが紫苑を植え、「悲しいことは忘れてしまおう」と誰かが萱草を植えたのかも、・・しれません。そういえば、赤い曼殊沙華の花も、、誰が植えたというわけでもないのに、この季節になると真っ赤に咲いて「彼岸」を知らせてくれます。
自然に込めた 古人の想いは 、今の私たちにも、何気なく 伝わるものなんだ、と思ったのでした。