先に書いた、俳人、木割大雄さんですが、この人の本『南のくにに雪ダルマ』と題してこのブログに書いてます。
その本のカバーに載っている写真。

これは1996年ということですので、この時57歳。
若々しい写真です。今はそれなりのお歳になっておられます。でもお元気にご来訪でした。
好奇心が旺盛な人でした。
書棚のある本に目を留められて、開くなり「これは凄い本だ。面白い。若ければお借りして帰りたい」と言って、食いつくように読んでおられた。
ほかの本にも目を留めて「凄い本がある」と言いながら興味津々の様子。
いずれも宮崎修二朗翁の遺品です。わたしはパラパラと開いてみた程度でした。
ということで、この木割さん、私なんぞが言うのは失礼ですが、なかなかの人物とお見受けしました。
もう一つ付け加えると、木割さんは尼崎在住だが、西宮市与古道町のお生まれだとのこと。
そして昭和20年に用海国民学校、現用海小学校に入学し、一学期が終ったあとに学校も家も空襲で焼けてしまって、その後与古道町には帰れなかったと。
その本のカバーに載っている写真。

これは1996年ということですので、この時57歳。
若々しい写真です。今はそれなりのお歳になっておられます。でもお元気にご来訪でした。
好奇心が旺盛な人でした。
書棚のある本に目を留められて、開くなり「これは凄い本だ。面白い。若ければお借りして帰りたい」と言って、食いつくように読んでおられた。
ほかの本にも目を留めて「凄い本がある」と言いながら興味津々の様子。
いずれも宮崎修二朗翁の遺品です。わたしはパラパラと開いてみた程度でした。
ということで、この木割さん、私なんぞが言うのは失礼ですが、なかなかの人物とお見受けしました。
もう一つ付け加えると、木割さんは尼崎在住だが、西宮市与古道町のお生まれだとのこと。
そして昭和20年に用海国民学校、現用海小学校に入学し、一学期が終ったあとに学校も家も空襲で焼けてしまって、その後与古道町には帰れなかったと。