神戸元町の古書店「花森書林」さんから届いたハガキに愕然。
店主のM・Mさんがお亡くなりになったというのだ。
まだ43歳だったと。
Mさん、実はわたしの書くもののファンでいてくださった。
特に昔の口頭詩集『ライオンの顔』と『きよのパーティー』は大いに喜んで下さった。
いや、差し上げてはいない。お貸ししたのだ。
そしておっしゃった。「いつか古本市場で手に入れます」と。「いやあ、無理でしょう」と言ったのだが「いつかきっと」と。
そのころ彼女は子育て中でもあったので余計に感じてくださったのだろう。
「真似をします」と。
夫さんにお会いしたことはなかったが、Mさん曰く「わたしよりもimamuraさんのファンです」と。
ご夫妻二人で喜んで下さっていたのだった。
そして昨年、拙詩集『恒子抄』をお贈りした時には、思いがけず祝いの品を送って来て下さった。
後日わたしはお礼にお店に伺ったが、残念ながらお会いできず弟さんがお相手してくださった。
「今日は家に居ます」とのことだった。
そのころすでに病気を養っておられたということだったのだ。
《闘病しながらお店をしておりました。本人の希望もあり、皆さんには心配をかけたくないとのことで内密にしておりました。》
と弟さんからのハガキにある。
古書店の店主らしくない愛想の良い人だった。
客の顔をよく記憶し(わたしは特徴のない顔だが、一回で覚えられ、日を置いての次回には知ってもらっていた)、好みを心得ていて、如才なく応対しておられた姿が印象に残っている。
そうか、もうあの人懐こい笑顔に会えないのか。
店主のM・Mさんがお亡くなりになったというのだ。
まだ43歳だったと。
Mさん、実はわたしの書くもののファンでいてくださった。
特に昔の口頭詩集『ライオンの顔』と『きよのパーティー』は大いに喜んで下さった。
いや、差し上げてはいない。お貸ししたのだ。
そしておっしゃった。「いつか古本市場で手に入れます」と。「いやあ、無理でしょう」と言ったのだが「いつかきっと」と。
そのころ彼女は子育て中でもあったので余計に感じてくださったのだろう。
「真似をします」と。
夫さんにお会いしたことはなかったが、Mさん曰く「わたしよりもimamuraさんのファンです」と。
ご夫妻二人で喜んで下さっていたのだった。
そして昨年、拙詩集『恒子抄』をお贈りした時には、思いがけず祝いの品を送って来て下さった。
後日わたしはお礼にお店に伺ったが、残念ながらお会いできず弟さんがお相手してくださった。
「今日は家に居ます」とのことだった。
そのころすでに病気を養っておられたということだったのだ。
《闘病しながらお店をしておりました。本人の希望もあり、皆さんには心配をかけたくないとのことで内密にしておりました。》
と弟さんからのハガキにある。
古書店の店主らしくない愛想の良い人だった。
客の顔をよく記憶し(わたしは特徴のない顔だが、一回で覚えられ、日を置いての次回には知ってもらっていた)、好みを心得ていて、如才なく応対しておられた姿が印象に残っている。
そうか、もうあの人懐こい笑顔に会えないのか。