新潟地理歴史・写真撮影:2008.11.29
かつては北前船の寄港地。
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現在は地方の一漁港である。先に蛸供養の話を紹介しているが、同所はサザエの大産地として知られている。港には市場もあり、タイミングがよいとたくさんの魚介類が集まるセリに立ち会える。セリは午後三時半頃からのようである。下記URLをご覧いただきたい。なお、写真は11月29日撮影である。
http://www.pref.niigata.jp/norin/syokutomidori/sugata/fish/gyokou/gyokou_gaiyoh/gaiyoh_index.html
新潟県庁/新潟の漁港概要
http://plaza.rakuten.co.jp/sakanayaishii/diary/200706290000/
ブログ的さかな屋日記
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名主の家は千畳敷
寛政十年九月、出雲崎町は大火で多くの家が焼失した。そのころ江戸の元役人であった「新楽間叟(にいらかんそう)」という人が書き残したものの中にこの火事のことが記されている。
それによると、わけても尼瀬町の名主の家は土蔵を残し全焼した。町の人たちはもちろん、近郷近村から大勢の人たちが駆けつけて名主の家の畳を運び出したが、出された畳の数が七百枚ほどで残りの三百枚は間に合わなかったという。
当時の名主の暮らしぶりは十万石の大名と同じくらいであったと記されている。これは佐渡奉行の送迎や、将軍の代替わりに行われた諸国巡見、御料巡見などで数百人の役人を宿泊させるときの本陣をつとめたからで、それにしても名主の家の畳千枚はおどろきである。
妻入りの町並み景観推進協議会
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写真撮影:2008.11.29 三島郡出雲崎町
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2008年 地理の部屋と佐渡島
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http://blog.goo.ne.jp/dachasnowman/
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爺の四国巡礼・井戸寺に御付合い頂、有難う御座います。
蛸供養の行われるこの町に、もう一つの名物「サザエ」の大産地なのですね~!
畳が千枚もある屋敷が建っていたなんてすごいですね~!
昔は、松前船の寄港地として、大変栄えた漁港だったのですね。
今日の此方の新聞の三面記事に大きく載っていました。
原因不明で大学で調査するそうで、解明されると良いですね。
火事で焼けた名主の家の畳の枚数には驚きです、
それだけ繁栄してたのですね、
北前船で昆布やニシンを
運んでいた話は聞きますが、サザエの産地だとは、始めて知りました、
今でも、家屋は残ってるのですね、
名主の権力も相当だったようですね
千畳の畳に驚きました。
佐渡の前浜にもこのような小さな漁港がたくさんあります。
政治家のポスターを見て一瞬佐渡の漁港かと思いました。
出雲崎は良寛さんの故郷でもありますね。
良寛さんの生家跡も残っているようです。
時のニュースは残念でしたが、
試練は何事にもあるものと思
います。夢を捨てることなく
取り組みは続くと思います。
佐渡、そして越後へ。さらに
は全国各地へと広がっていっ
て欲しいものです。
千畳敷の屋敷は残念ながらないです。
出雲崎や柏崎の商人は古くから広く
活動していました。出雲崎でしたら
良寛さんゆかりの橘屋なんかですね。
越後は結構良い場所で、東回り、西回りの
船のであう可能性があった場所です。
北前船。なんと良い雰囲気の言葉でしょう。
越後には廻船商人だけでなく、
豪農も結構ありまして、今で
も見られるところもあります。
ただ、残念なのは廻船商人な
どの豪邸はもはや見られない
ものと思います。