団塊の世代のつぶやき

誇れる日本を取り戻そう

★日本の多神教 と海外の多神教はまったく異なるもの

2021年05月24日 | 神道

 神道と一神教の違いを見事に教えてくれたのが、1月6日、第2394回の「★★★神道は道、宗教はハウツー本」で、取り上げたねずさんの説でした。
  しかし、この説を一神教の人達に教えてあげたら納得するでしょうか。ちょっと難しいかもしれませんね。下手すれば争いになりそうです。これを如何に上手く説明するかで日本の立場も変わってくるかもしれません。

  今度は、多神教も海外のそれとは違うと教えてくれています。こちらは争いにもならないかも。

  その中で、ねずさんが書いてくれているガー ゴイルが気になってサーチして、長年の疑問が解決しました。
  あの教会の屋根にある悪魔の像を何時も不気味としか思えず、何だろうと思っていましたが、何時ものように調べることも無く今まで来てしまいました。
  ところが、なんとあれば樋だそうです。樋にあんな装飾を施す感覚も日本人とは違うようです。

  何時ものように全文をリンク元で読んでください。

  ねずさんの学ぼう 日本より    2021/05/16

  日本の多神教 と海外の多神教(ポリティスティック・Polytheistic)はまったく異なるもの

  ・・・略

  我々日本人は、特に幕末において、西洋の文物を学ぶために、外国の文献を日本語に翻訳するために、たくさんの用語を新設しま した。
たとえば、英語の「Right」を「権利」と訳したりしたわけです。
そこから「人権」などという言葉も生まれました。
「人権」は、人にもともと備わっているもの、というのが、おそらく多くの日本人の理解だと思われますが、ただし英語の 「Human rights」にもある「Right」という用語には、「神の御意思に基づく」という語彙があります。

 ですから、たとえば悪さをした者が、たとえ人権を口にしたとしても、それは神の御意思に背く行動であったわけですから、当然、 処罰の対象となります。
しかし、翻訳語の「人権」には、そこにある肝心の「神の御意思」という概念が欠落しています。
このため、現代日本では「人権」という用語が一人歩きをしてしまっていて、むしろ悪事を是認するかのような使われ方をするに至っ ています。

 福沢諭吉は、西周(にしあまね)らによるこの「権利」の翻訳について、これでは英語の意味がちゃんと伝わらないとして、 「Right」はむしろ「通義」と訳すべきだ、などと喝破していますが、まさにその通りとなったものといえます。

 要するに、我々日本人は、幕末から明治にかけて、たくさんの欧米の用語を日本に輸入し、これによって明治以降、それまでの日本 になかった、まったく新たな日本文化を創生したわけですが、だからといって、そうして形成された日本文化を、単に辞書的な翻訳 で、英語やドイツ語に翻訳すると、意味がまったく違って相手に伝わってしまうことは、よくあるわけです。

 近年では、英語を話せるようになりたい、ということから、小学校のうちから英語を学ばせようという動きが顕著になっています。
それはそれで良いことだと思いますが、そうであれば、それと並行して、あるいはそれ以上に、日本人としての日本的価値観や、歴史 文化伝統をしっかりと子たちに教えることが必要です。

 ただ、英語を話せれば、外国人とコミュニケーションがとれると思ったら、大間違いなのです。
なぜなら、文化的背景が異なれば、単語の語彙からして、まったく意味が異なってしまうからです。

  今回はフェイスブックの投稿を見つけられませんでした。何か変更があったようです。

  それにしても、日本は本当に世界と違っています。正に、日本の常識は世界の不常識です。やはり、日本は内外の使い分けを常に考えて海外との付き合いをしなければならないようです。  

  
  それが分からないのが外務省でしょうか。


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4 コメント

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抜刀隊 (熊谷特殊鋼)
2024-10-01 12:12:54
日本が大東亜戦争を戦った理由、それは自存自衛とアジアの解放に他なりません。戦後、タイ王国のククリット・プラモード首相は、

 「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体をそこなったが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日東南アジアの諸国民が、米英と対等に話ができるのは、一体誰のおかげであるのか」

 と書き記しています。この言葉が、あの戦争が何であったか、そのすべてを表わしているでしょう。
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くもりなき眼 (特殊鋼関係者)
2024-09-13 23:08:11
それにしても古事記はすごいよな。ドイツの哲学者ニーチェが「神は死んだ」といったそれよりも千年も前にイザナミ神についてそうかいてある。この神おかげでたくさんの神々を生まれたので日本神話は多神教になったともいえる。八百万の神々が出雲に集まるのは、イザナミの死を弔うためという話も聞いたことがある。そしてそこから古事記の本格的な多神教の神話の世界が広がってゆくのである。
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科学と宗教のダイナミクスの歴史的素描 (政治文明論研究者)
2024-08-28 04:41:21
一神教はユダヤ教をその祖とし、キリスト教、イスラム教が汎民族性によってその勢力を拡大させたが、その一神教の純粋性をもっとも保持し続けたのは後にできたイスラム教であった。今の科学技術文明の母体となったキリスト教は多神教的要素を取り入れ例えばルネサンスなどにより古代地中海世界の哲学なども触媒となり宗教から科学が独立するまでになった。一方でキリスト教圏内でも科学と宗教をむしろ融合しようとする働きにより、帝国主義がうまれた。宗教から正当化された植民地戦争は科学技術の壮大な実験場となり、この好循環により科学と宗教を融合させようというのである。その影響により非キリスト教圏で起きたのが日本の明治維新という現象である。この日本全土を均質化した市場原理社会する近代資本主義のスタートとされる明治維新は欧米などの一神教国が始めた帝国主義的な植民地拡張競争に危機感を覚えたサムライたちが自らの階級を破壊するといった、かなり独創的な革命でフランス革命、ピューリタン革命、ロシア革命、アメリカ独立戦争にはないユニークさというものが”革命”ではなく”維新”と呼んできたのは間違いない。しかしその中身は「革命」いや「大革命」とでもよべるべきものではないだろうか。
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マルテンサイト千年ものづくりイノベーション (サムライグローバル鉄の道)
2024-08-19 17:51:23
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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