Creator's Blog,record of the Designer's thinking

フィールドワークの映像、ドローイングとマーケティング手法を用いた小説、エッセイで、撮り、描き、書いてます。

京都暮らし96. 秋は夕暮れと言うが・・・

2009年09月11日 | Kyoto city
 枕草子では、「秋は夕暮れ・・・」と述べているように、これから夕焼けの美しい日々が続く。夕焼けは美しさと同時に、 そこに落ち着きある寂寥とした感慨を歌う人もいるが、光が次第に力を失いながら弱々しく衰退してゆくわびしさにこそ、私は秋が嫌いな理由がある。
 秋は、確かに作物の収穫の時期であり、物事が実る季節であり、紅葉の季節でもある。京都の紅葉はつとめて美しいことも私は体験している。秋の嫌いな私にとって、そうしたステレオタイプ化された紅葉は残酷でさえある。
 だが個人的に秋が嫌いな理由は他にもある。今日は9.11だ。当時名古屋から横濱に戻ったら、TVでWTCに裂けたような大きな傷跡ができ煙がでている姿が放映されていた。朝の慌ただしいはずのニューヨークが、時間が止まった静かな空気を感じた。最初飛行機がぶつかった事故と報じていたが、2機目の飛行機がビルにつっこみさらに白煙をあげた。秋晴れの最中にアメリカがテロ攻撃を受けていたのである。やがてミノルヤマサキがデザインした二つのビルが崩壊してゆく信じられない様子を、ライブでみていることになってしまった。世界の誰しもが忘れられない、映像となった。
 また昨年のアメリカのリーマンブラザースの経営破綻も、秋であった。これを契機として世界経済は、大きな減速や衰退に巻き込まれ現在に至っている。それ以後経済の基本的な価値が変わってしまったような空気すら感じている。その空気が何かはわからないが、アメリカ主導経済から、中国やインドといった新しい国家による経済の枠組みへの移行なのかもしれない。現在では回復基調にあるとはいえ、まだ傷はいえない。
 最近秋になると、経済・社会的に激震が多いと思われる。 

清水寺
Fuji FinepixS5pro,AF-SNikkor16-85mm/F3.5-5.6ED
コメント
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