さて湘南海岸の河岸段丘上の住宅街の徘徊も、午後の気だるい光が漂う。池田満寿夫のエーゲ海に捧ぐという小説を思い出す。その中で記憶にあるのが・・・、アニタの足が見えている・・・、多分白く古いホテルのベランダから遠くにエーゲ海の集落が見え、情事にふけっていた情景なのだろう。
ここは湘南だからエーゲ海よりはるかに湿度は高くジワッとしている。だから・・、情事の後の汗がまだひかない、海から塩気のある空気が肌にまとわりついてくる、強い日差しで二人の体液の残渣が肌の上で固まっている・・・、そんな記述になるのか。
こういう湘南の空気をにじませているのが、石原慎太郎の「太陽の季節」、映画でいえば藤田敏八「八月のぬれた砂」か。どちらも乱暴なセックスなのだ。それが私が理解している湘南の空気だろう。
そして少しインテリジェンスなストーリーで語られたのが、後のユーミンだったのではないか。彼女の実家の八王子から茅ヶ崎へは、米軍の基地を抜けて相模線が走っているし、この路線名は彼女の歌詞にも登場する。
そういえば、相鉄線の沿線に棲むAKIという湘南の女がいたことを思い出した。海老名で小田急線に乗り換えて湘南海岸へ出かけていた。十代最後のスレンダーで綺麗なボディをみせてくれたし、それが二十歳をすぎてつまんない女の体になると私の前から消えていった。そんなことがあったから湘南という固有の空気に好感をもっていたんだろう。
2003年、神奈川県藤沢市、LEICA M4-P、TELE ELMARIT90mm/F2.8、ブラスX