今は現代



 あえて近代と現代を区別するなら 前者は国家主義 後者は国際的国家主義か。
   
   はっきりした線は引けないが 少なくても国家は国際化の方向へむかっている。 

  その中で部分的とはいえトランプ現象や阿部化に代表される近代への回帰の動きがある。
 
    世界や日本が行き詰まっているとは言え  国際化は止まることはないから 時代は現代であることを考えて人類主義的な発想で新しい道を模索してほしいものだ。
   
   国政選挙でありながら国の国際路線の如何は 棚上げされている。少なくてもサミットを前新しく動いた対ロ・対中が どうなっているのかさっぱり報じられない。 
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「世界的」なニュース




「世界のニュース」は 世界人口の74分の一であるおよそ1億3000万の日本人の都合や立場から見たニュースが多い。

   日本以外の73億の人々は 日本の立場で動いてくれるわけではない。

    日本人は 政治家までもが世界認識に疎く 先のサミットで見せたような国際的なズレを生む。

    「世界のニュース」は 「世界的」なニュースを伝えてほしい。
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何処見てる?



報道機関を手中にされた選挙は 権力の道具に近い意味を持つ。
   
   権力は選挙に持ち込めば ほとんど勝ったに等しい。

  「選挙で民意を問う」がどうなるかは  選挙を繰り返してきた結果の今の惨状を見れば分かる。

    民意が報道機関を超えるには 国民同士の世論形成以外にない。 

   政治は 院内に目が向けられがちだが 政治的には 院外活動の重要さが増していると思う。

      国民の 立場を越えた横の繋がりが大切なのだが 現実は…   束(たば)になっているのは民意ではなく権力のようだ。


     選挙は作られた民意以外に カネと力の親和性の高さも考えておく必要がある。
     
  棄権者を無責任な無関心層と決めつけるのは 権力にとっては有難い。現状を論理的に捉えると むしろ自然ではないか。
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