浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

吉川勇一さんのこと

2015-09-07 22:33:51 | その他
 『東京新聞』の社会面に、最近亡くなった吉川勇一さんの「市民葬・お別れ会」の記事があった。吉川さんは、昔々「ベトナムに平和を!市民連合」の事務局長であった。

 ボクは高校生の頃、浜松ベ平連の一員だった。吉川さんは、浜松ベ平連の講演会に講師として参加し、そしてその後、浜松市内をデモ行進した。それは『ベ平連ニュース』に載っている。

 当時ベ平連は全国各地にあった。吉川さんは、どこにあったのか、後年調査をされていた。そのことを知っていたボクは、今から約10年ほど前、磐田市にもあったことを発見し(当時のビラを発見した)、それを吉川さんに連絡した。

 メールでのやりとりではあったが、吉川さんは昔浜松に講演に行ったこと、デモに参加したことを思い出していた。そしてそれが載ったニュースを送ってくれた。なつかしく、それを見た。

 ボクが社会のことに目ざめたのは、ヴェトナム戦争であった。アメリカという大国が、小さなヴェトナムという国の住民を、ボール爆弾をはじめとした残酷な兵器で殺していた。ボクはそれを座視することはできないと思い、当初はバートランド・ラッセル平和財団に送金したりしていた。その後、ベ平連と連絡を取り、浜松でヴェトナム戦争反対の運動に参加した。

 高校にも、同じ志をもった人びとがいた。その人たちと社会科学研究会(社研)を組織して、話し合いや学習会をもった。その頃一緒に活動した人々の中で連絡をとっているのは、たった一人だけだ。彼は今もいろいろな活動をしている。それ以外の人々は今どのように生きているのだろうか。

 ところで、小田実さんが亡くなったとき、吉川さんから依頼されて、吉川さんが代表をしていた「市民の意見30の会」に、追悼文を送ったことがある。

 小田さんも、ボクに大きな影響を与えた人だ。ボクに大きな影響を与えてくれた人々が、次々に亡くなっている。

 亡くなっていった方々の遺志を、何とか活かすことができるように、生きていきたい。


 吉川さん、安らかに。といっても、この「参戦法案」がある以上、無理だろうけれども。


 
 
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東京オリンピックは返上しよう

2015-09-07 14:03:05 | 社会
 2020年に開催が決定された東京オリンピック。新国立競技場で挫折し、今度はエンブレム問題。世界から「ぶざま」だとかいわれているのに、まだまだ問題がある。

 それは建設費の問題だ。日本経済新聞が「東京五輪の迷走 新国立、エンブレムで終わらない 」という記事を載せている。

 招致活動をしているとき、日本は「低コスト」「コンパクト」を売り物にしてきた。しかしもはや「低コスト」は返上しなければならない。招致活動をしているとき、東京都が建設しなければならない競技施設の総額は、1394億円。そして決定してからきちんと調べてみたら、何と4059億円。それを何とか、絞りに絞って現時点では、2218億円。しかしおそらくこの金額ではすまないだろう。公共工事というのは、だいたい最終的にはその2倍近くなる。

 まさに高コストのオリンピックとなる。

 そして競技施設にカネがかかりすぎるとして、周辺の県にある既設競技施設を使用するという。となると、競技施設がコンパクトにまとまっているといううたい文句はもう使えない。

 無理矢理日本に招致してきた感がある東京オリンピック。東日本大震災と原発事故、まだまだこれらは解決していない。そういう事を置き去りに、日本の開催は、決定された。

 今からでも、返上すればよいではないか。

 日本は借金まみれではなかったのか。節約すべきではないのですか?

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仕上げの時期

2015-09-07 09:23:11 | 政治
 昨日「地方自治の虚妄」を書いたが、あらゆる点で、1980年代から始まった路線が、今完成しつつあるということなのだろう。

 中曽根内閣は、確か日米運命共同体を唱え、日本列島を「不沈空母」にする、というようなことを語っていた記憶がある。今まさに、日本は米軍にとっての「不沈空母」だけではなく、兵站基地、出撃基地、さらにアメリカ主導の戦闘に日本人を参加させる法案を成立させようとしている。

 その路線というのは、新自由主義路線ともいうべきものである。30年以上少しずつ少しずつ変えてきたわけであるが、今やまさに完成しつつあり、アメリカ型社会、アメリカ的な外交、アメリカのような軍事介入路線により、新自由主義経済における勝利者の権益を最大限守っていこうとする国家である。

 今、その30年にわたる歴史を振り返り、その間にもっとやれたことがあっったのではと思う。

 この軍事的なアメリカ化は、小選挙区制がなければ実現できなかったことであり、あの「政治改革」という名の小選挙区制導入時に旗を振った人々や勢力に今更ながら腹が立つ。同時に、小選挙区制がなければ「政権交代」はできないといわれ、政権交代に夢を託した人々の気持ちもわからないではないが、しかしその小選挙区制を通したときの内閣は非自民党ではなかったか。中選挙区制でも、政権交代は可能であったのだ。

 過去の選択の過ちを悔いても仕方がない。今後をどうするのかという展望を見出さなければならない。

 権力の側がどういう政策を、どういう背景のもとに出してくるのか、その本当の意図は何かをきちんと把握して、人々の間に伝えていかなければならない。その場合、おそらく1980年代からある程度の青写真をもって「改革」してきたように、ボク達の側も、現状をじっくりと把握し、将来はどういう社会にするのか、未来構想をつくっていかなければならない。権力の側から出されてくるさまざまな施策に必死に対応していくという場当たり的な対応ではなく、未来構想を持った政策を打ち出していくことが求められている。

 民衆によるシンクタンクが必要なのだ。

 ボクたちは、新自由主義的政策の勝利者だけが我が世の春を謳歌する社会ではなく、誰もがしあわせに生きがいを持っていきられるそういう社会を構想していかなければならない。

 今は、彼らの「仕上げの時期」である。それは歴史学でいう「確立期」である。しかし「確立期」は同時に内部に崩壊の兆しを持つ時期でもある。ボクたちはその崩壊の兆しを捉え、その兆しを兆しのままにしておくのではなく、崩壊へと導いていかなければならない。

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