浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

名古屋へ

2015-09-13 22:02:32 | 近現代史
 1923年9月16日、憲兵隊によって大杉栄・伊藤野枝・橘宗一が虐殺された。橘宗一少年の墓は、名古屋覚王山日泰寺にある。今日は、その墓前祭と講演会があったので、それに参加すべく、東海道線で名古屋へ向かった。

 浜松から豊橋までは、完全なローカル電車。豊橋から名古屋へは、名鉄との競争があるので、快速電車が何本もある。それを利用すれば、だいたい名古屋まで2時間でいける。

 電車に乗りながら感じたことだが、浜松・豊橋間は、あまり設備投資がなされていない。電車がよく揺れるのだ。

 さて日泰寺にははじめて行った。ここは宗派に関係ない寺である。タイからもたらされた仏舎利が納められている寺で、普通の寺院とは異なる。

 さて橘宗一少年の墓は、1970年にこの境内で発見された。

 1927年4月に建てられた墓は、いつのまにか忘れ去られていたのだ。

 その墓石の裏面には、

 宗一ハ 再渡日中
 東京大震災ノサイ
 大正一二年(一九二三年)
 九月十六日夜 大杉榮 野枝
 ト共ニ 犬共ニ虐殺サル

 とある。この墓を建てたのは、父親の橘 惣三郎 である。

 父の無念と怒りが、この碑文に表現されている。

 この写真は、明日アップする。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする