1923年9月16日、憲兵隊によって大杉栄・伊藤野枝・橘宗一が虐殺された。橘宗一少年の墓は、名古屋覚王山日泰寺にある。今日は、その墓前祭と講演会があったので、それに参加すべく、東海道線で名古屋へ向かった。
浜松から豊橋までは、完全なローカル電車。豊橋から名古屋へは、名鉄との競争があるので、快速電車が何本もある。それを利用すれば、だいたい名古屋まで2時間でいける。
電車に乗りながら感じたことだが、浜松・豊橋間は、あまり設備投資がなされていない。電車がよく揺れるのだ。
さて日泰寺にははじめて行った。ここは宗派に関係ない寺である。タイからもたらされた仏舎利が納められている寺で、普通の寺院とは異なる。
さて橘宗一少年の墓は、1970年にこの境内で発見された。
1927年4月に建てられた墓は、いつのまにか忘れ去られていたのだ。
その墓石の裏面には、
宗一ハ 再渡日中
東京大震災ノサイ
大正一二年(一九二三年)
九月十六日夜 大杉榮 野枝
ト共ニ 犬共ニ虐殺サル
とある。この墓を建てたのは、父親の橘 惣三郎 である。
父の無念と怒りが、この碑文に表現されている。
この写真は、明日アップする。
浜松から豊橋までは、完全なローカル電車。豊橋から名古屋へは、名鉄との競争があるので、快速電車が何本もある。それを利用すれば、だいたい名古屋まで2時間でいける。
電車に乗りながら感じたことだが、浜松・豊橋間は、あまり設備投資がなされていない。電車がよく揺れるのだ。
さて日泰寺にははじめて行った。ここは宗派に関係ない寺である。タイからもたらされた仏舎利が納められている寺で、普通の寺院とは異なる。
さて橘宗一少年の墓は、1970年にこの境内で発見された。
1927年4月に建てられた墓は、いつのまにか忘れ去られていたのだ。
その墓石の裏面には、
宗一ハ 再渡日中
東京大震災ノサイ
大正一二年(一九二三年)
九月十六日夜 大杉榮 野枝
ト共ニ 犬共ニ虐殺サル
とある。この墓を建てたのは、父親の橘 惣三郎 である。
父の無念と怒りが、この碑文に表現されている。
この写真は、明日アップする。