「特別展 長谷川等伯」 東京国立博物館(Vol.4 水墨画と松林図の世界)

東京国立博物館・平成館(台東区上野公園13-9
「特別展 長谷川等伯」
2/23-3/22



金碧障壁画から一転、晩年の等伯は主にモノクロームの幽玄な水墨の世界を目指していきます。黒の魔術師(第6章)と名付けられた彼は、墨の濃淡を巧みに操りながら、大気を纏う広大な山水画を完成させました。

水墨画のセクションの冒頭、古来の画題を取り入れた「瀟湘八景図屏風」も、その無限に広がる水辺の景色に、等伯ならではの卓越した空間構成力を見ることが出来ないでしょうか。左右に切り立つ岩山を従えた湖は、霧に朧げに浮かび楼閣、そして彼方の山々を通り越し、また空を巻き込んで、最後には雲霞と一体となって空間の全面に広がっていました。そしてその業は、妙心寺の「山水図襖」で昇華します。茶を運ぶこどもを従えた老人から開ける世界は、まさにドラマチックでかつ雄大でした。その茫洋たる景色にターナーを連想させるものがあります。



等伯と言えば手長猿のイメージがありますが、今回もまた猿をモチーフにした可愛らしい作品、「枯木猿猴図」が出ていました。母子に加え、家族愛を示すために父を描き入れたという猿の一家は、皆、樹上で楽しそうに寛いでいますが、それを描く筆さばき、特に細やかな線で猿の立体感を表す様子には強く感心させられます。またここではそれとは対比的な、非常に大胆でかつ半ば乱れた線による樹木の表現にも要注目です。まるで水が流れ、その飛沫を散らすような線の舞いは、あまりにも自由でかつ前衛的でした。

さて順路からすると最後に「松林図」が控えていますが、その直前にある同じ樹林を描いた一枚、「檜原図屏風」も見逃さないわけにはいきません。大きな雪山を背景にした檜林は寒々と立ち並び、そこに寛永の三筆とも呼ばれた近衛信尹による和歌が、あたかも空中を舞う鳥のようにのびやかに記されています。檜の精緻な描写、全体の霞んだ大気の表現、そして場所をかけた和歌の意匠(詳細は図録参照)など、惹かれた点を挙げていくとキリがありません。水墨のマイベストはこの一枚でした。



「松林図」については以前から入り込めない部分があり、実は私にとって苦手な作品ではないかと思うこともありますが、今回改めて接することで感じた点が一つありました。それは松林図は等伯の集大成ではなく、一種の原点ではなかったかということです。下絵他、切り継ぎ云々など、現状においてこの画が等伯の意図したものであるかはさて置き、そこに広がる夢幻的な松林は、やはり指摘もされる出身地七尾の景色を織り込んで描いたと思われてなりません。いわゆる霧を取り込んだ余白、そして簡素な松の表現など、言わばそぎ落とされ、また描き足されなかった部分には、それこそ等伯の記憶や印象を重ねることによって初めてリアルな風景として現れてくるものではないでしょうか。とするとその心象を知らない画家が松林図のモチーフを真似たとしても、到底その域に達することは出来ないのかもしれません。「月夜松林図屏風」があまりにも普通の作品に見えたのも自然のことでした。

「芸術新潮2010年3月号/長谷川等伯/新潮社」

なお「松林図」については芸術新潮の最新号にも取り上げられています。そちらもおすすめです。

まだまだ思うところの多い作品もあります。展示替えも予定されているので、出来れば再度足を運ぶつもりです。



ちなみに本展は東京展終了後、京都国立博物館へと巡回します。(「特別展 長谷川等伯」@京都国立博物館 4/10-5/9)京都会場限定の大絵馬も出品されるとのことで、そちらも大きな話題になりそうです。

3月7日のNHKの日曜美術館で「夢の等伯!!傑作10選」と題した、等伯展に関連する特集が放送されます。(アンケート募集中)現在のところ、比較的会場に余裕があるようですが、経験上、日曜美術館で取り上げられると人出が増します。ちょうど会期末にも重なってくるので、出来れば早めの観覧がおすすめです。

長々とした記事にお付き合い下さりありがとうございました。3月22日までの開催です。

*関連エントリ(長谷川等伯展シリーズ)
Vol.1(全体の印象)/Vol.2(仏画・肖像画)/Vol.3(金碧画)
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