「水と生きる」(後期展示) サントリー美術館

サントリー美術館東京都港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン内)
「サントリー美術館 開館記念展2 『水と生きる』」
6/16~8/19



「日本美術に表現されてきた『水』の造形美」(公式HPより。)を見るという、サントリー美術館の「水と生きる」展です。実は一度、会期の早い段階にて鑑賞を済ませていたのですが、ちらし表紙を飾る応挙の「青楓瀑布図」(1787)を目当てにもう一回行ってくることにしました。



まず印象深いのは、滝壺の黒い岩を洗う力強い波と、青楓の舞う、軽やかで流麗な滝の筋の対照的な姿です。滝は白一面の、どこか抽象的な表現にて即興風に描かれ、その一方の滝壺の波は、まるで岩に襲いかかるたくさんの手のように半ば擬人化されて精緻に描かれています。それにしても滝の絵で、これほどの清涼感を思わせる作品もそうありません。透き通るような青楓はとても涼し気で、細やかな水の筋も、滝から生まれる水しぶきをこちらへ伝えるかのように表現されています。この作品は、第二章「流 水の表現」にて展示されていましたが、第三章「涼 水の感覚」で並べてもそう問題ないでしょう。良い意味で力の抜けた、応挙の軽妙洒脱な佳作です。



さて応挙以外では、鍋島の優品が多く展示されているのも見所の一つかと思います。青海波という青みがかった波模様を背景に、七つの壷が端正に並ぶ「青磁染付七壺不皿」、またはその意匠に現代的なデザインの感覚を思わせる「染付花文皿」などに惹かれました。花文皿では、その花の模様がまるで花火の開く様子にも見えます。和室ではなく、洋式のダイニングテーブルに並べても何ら違和感のない作品です。



「水」の展覧会に何故か佐竹本が出品されていました。(「佐竹本三十六歌仙絵 源順」鎌倉時代。)その謂れは、作品に墨流しの描写が見られるのと、表装にも水流を思わせる表現があるからなのだそうです。また歌自体も、「水のおもに照る月なみをかぞふれば今宵ぞ秋のもなかなりける」という、水面に輝く月を詠んだものがとられています。東博で「小町」に一目惚れして以来、佐竹本を数点見て来ましたが、まさかこの企画展で楽しめるとは思いませんでした。



美感に溢れたちろりなども多数出ています。切子のシャープな造形美と、ちろりに見る深く澄んだ青みにはまさに涼の感覚です。

全180点にも及ぶ展覧会ですが、展示替えが三度も行われています。これはサントリー美術館に限った話ではありませんが、そういった際にはせめて通し券などの配慮が欲しいところです。

ここに挙げた作品は、全て現在の会期で見ることが出来ます。次の日曜、19日までの開催です。(8/4)
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「日展100年」 国立新美術館

国立新美術館港区六本木7-22-2
「日展100年 - 一目でわかる!日本の美術この100年 - 」
7/25-9/3



日展へは一度も足を運んだことがありませんが、その100年の歴史が「一目でわかる!」というので行って見ることにしました。国立新美術館で開催中の「日展100年」展です。

広大な国立新美術館の展示室を活用した展覧会です。日本画、洋画、工芸、それに書や彫刻など、各ジャンルより集められた作品が約170点ほど揃っています。その長い歴史を踏まえれば当然ではありますが、さすがにボリュームは相当のものがありました。ただし構成はかなり大まかで、キャプション等にもそう詳細な説明書きがあるわけでもありません。大観や松園、波山や福田平八郎などの既知の作家から、私としては全く未知の方々まで、まずは惹かれる作品を探しながらうろうろと歩くことにしました。以下は、展覧会の章立てです。

第1章 文展(1910~1918)
第2章 帝展(1919~1934)
第3章 新文展(1936~1944)
第4章 日展(1946~)

*日展史については公式HPをご参照下さい。簡単な図解入りです。



まずは、殆ど衝撃的ですらある松園の「花がたみ」(1915。第9回文展。)をあげないわけにはいきません。松園と言えば、気品のある、清楚な女性を描くことに長けた画家ですが、こればかりはその鬼気迫る表情に魔性的なものすら感じます。世阿弥作の謡曲「花筐(はながたみ)」を題にして登場するこの女性は、大迹辺(おおあとべ)皇子(のちの継体天皇)の寵愛を受けていたという「照日の前」で、ここではおそらく紅葉狩りに訪れた帝の前にて形見の花筐を持って舞う様子が描かれています。艶やかな衣もはだけ、髪もまとまらずに、どこか目も落ち着かないで虚ろに佇む姿は、まさに叶わぬ恋に狂い、恋に取り憑かれたとも言える女性そのものです。また、手より落とした扇子や散る紅葉が、その儚さをも巧みに演出しています。一風変わった松園と言えば東博の「焔」も有名ですが、それと同じくらい妖気を感じました。これは間違いなく傑作です。



黒田清輝はやや苦手意識のある画家ですが、この「夏草」(1911年。第5回文展。)には素直に惹かれました。一面の草に覆われた地面に、ピンク色にも交じる百合が三、四輪、美しく咲いています。颯爽としたタッチによる草の表現はもちろんのこと、決して自己主張し過ぎない百合の仄かな存在感が好印象でした。ふと野山で腰をおろし、静かに百合の花を見やるように楽しめる作品です。



いつもはミルク色の釉薬の美しい波山に、思わぬドギツイ色をした壷が出品されていました。それがこの「紫金磁珍果文花瓶」(1927。帝展。)です。その端正なフォルムと果実のモチーフはまぎれもなく波山のものですが、色だけはどうしてもにわかに信じられません。これは彼に特有な鉄釉(黄金磁)によるものだそうですが、このような褐色をした波山を見たのは初めてだったので驚きました。



第4章「日展」では、やはり平八郎の「雨」(1953年。第9回日展。)が印象に残ります。この感想については以前、京都で見た回顧展の際にあげたので繰り返しませんが、いつ見てもそのトリミングの妙と瓦、または雨粒の質感に感心させられる作品です。この美術館の無機質極まりない空間で見ても、やはり心に染み入るような味わい深さを感じます。



松園と並んで大好きな近代日本美人画の巨匠、深水にも美しい作品が出ていました。「聞香」(1950年。第6回文展。)です。ちなみに聞香とは、香をかいで味わい、種をあてるなどして楽しむものですが、この作品でもちょうど真ん中の朱色の服を着た女性が鼻に香を近づけて楽しんでいます。そして、その姿を見やる二人の女性の仕草もまた丁寧なものです。膝に手をやり、帯も鮮やかな着物に包まれて静かに座っています



一瞬、どこを描いたのか分からないような構図をとる池田遙邨の「稲掛け」(1981年。第13回改組日展。)も面白い作品だと思いました。黄緑色の鮮やかな田の上に稲がちょうど『くの字型』で並んでいますが、それを横切るようにして進む狸が実に可愛らしく描かれています。稲の下を潜るのに難儀しているのか、体を妙なほどくねらせて這う姿は何とも滑稽です。そして左下にクローズアップされた猫じゃらし(?)が、画面全体に良いアクセントを与えていました。遠近感云々以前に、ほぼデザインとも化したモチーフです。

ここに挙げたような魅力的な作品があったのも事実ですが、ようは「日展の名画展」なのだと思います。各作家を突っ込んで紹介するような部分は一切ありません。展覧会自体はまさに総花的です。

9月3日までの開催です。(8/11)
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「仏像の道 - インドから日本へ - 」 東京国立博物館(本館特別5室・常設展)

東京国立博物館台東区上野公園13-9
「仏像の道 - インドから日本へ - 」
2007/7/27~2008/4/6



常設展内のミニ企画です。「受胎告知」の熱狂もさめやらぬ本館特別5室(本館中央、大階段裏。)に、インド、中国、朝鮮、そして日本における各黎明期の仏像が紹介されています。

ほぼ館蔵品の仏像、または仏教美術品、約20点にて構成された展覧会です。仏教の伝来過程を探るというテーマを掘り下げるには展示品が少なく、構成もやや大雑把ではありますが、むしろ私のような初心者の「仏像史入門」には最適な展示だったのかもしれません。以下、順を追ってその内容を振り返りたいと思います。(展示リスト

1、「仏像の誕生」(紀元1世紀。クシャーン朝時代。)



仏教が興ったのは紀元前5世紀頃、言うまでもなくインドの釈迦の説いた教えによりますが、当初、禁じられていた仏像をつくり始めたのは紀元1世紀、クシャーン朝の都ガンダーラ(現パキスタン)やマトゥーラ(中央インド)に遡ることが出来るそうです。展示ではガンダーラ仏を中心に紹介されていましたが、ギリシアやローマの彫像を思わせるその出で立ちは実に優美で、比較的がっちりとした体つきのマトゥーラ仏とは対照的な姿をとっています。また、仏陀の生涯を綴った彫刻、『仏伝』も見応えがありました。中でも「仏誕・灌水」(2~3世紀)は、その下段に仏陀の生まれる様子が掘り起こされているものです。ちなみにこれらはストゥーパ(仏塔。舎利をおさめた。)の壁面を飾り立てていました。

2、「中国への仏教伝来」(紀元前後。)



仏教の中国への伝播はかなり早く、例えば後漢書には、明帝(57~75年)の異母弟が中国の伝説の帝王と同列に仏陀を祀っていたことが記されています。またその後、桓帝(146~167年)が中国史において初めて仏教を公認し、三国時代には約3000人を収容する仏教寺院も建設されていました。そして五胡十六国時代(4世紀)には西方で石窟の造営も進んでいきます。展示では4世紀の「如来坐像」が印象的です。ガンダーラ仏を思わせる出で立ちではありますが、手にその特徴にはない「禅定印」(*1)を見ることが出来ました。また、うっすらと残る金も往時の輝きを伝えています。その他、ホータンの「仏頭」も見事な作品です。

3、「中国仏教の展開」(中国、南北朝時代。)



ここではインドの模倣より中国独自の様式へと発展した、南北朝時代(5世紀~)の仏像が紹介されています。この時期、仏教は北魏の太武帝(446年)によって二度ほどの弾圧を受けますが、それを経た後はますます信仰が盛んになっていたのだそうです。「如来三尊立像」(6世紀)に見る顔つきが明らかにガンダーラ仏とは異なっています。仏像の顔は目が細く、またアゴも張っており、かつての特徴は完全に消えているのです。

4、「朝鮮半島への仏教伝来」(朝鮮、三国時代。)



朝鮮半島に仏教が伝わったのは4世紀の頃ですが、前漢から高句麗(372年)、または東晋から百済(384年)と、いくつかのルートを経ていたことが分かっています。そして528年には新羅が仏教を公認し、寺院の造営も進んでいきました。ここでの仏像の特徴はやはり半跏思惟像です。手のひらにのるほど小さな「菩薩半跏像」(7世紀)などが紹介されていました。

5、「日本への仏教伝来」(飛鳥時代。)

日本への伝来は、良く知られる通り6世紀の前半(*2)です。(ゴサンパイなどと覚えましたが…。)588年には蘇我氏が日本初の本格的寺院「飛鳥寺」を建立しますが、この展示で紹介されていた仏像は7世紀のものでした。遡ること約100年前、中国・南北朝様式を踏襲する法隆寺の「如来座像」(7世紀)が印象に残ります。

6、「唐と奈良」(8世紀。)

仏教が最も隆盛を極めた唐の時代、仏像制作はインド・クプタ朝の影響も受けて写実性が追求されていきます。「十一面観音龕」(8世紀)は、唐の時代の著名な観音像です。スマートで流麗な体つきが美感に秀でています。また奈良の作品としては、薬師寺の「聖観音菩薩立像」(7~8世紀)の模造も出品されていました。

以上です。丁寧な解説パネルが良く出来ており、概略を理解しながら時代に沿って仏像を楽しむことが出来ました。これでミニ冊子などがあればなお良かったと思います。

超ロングランの企画です。(来年4月6日までの開催。)東博へお出向きの際は、「特5室」をお見逃しなきようご注意下さい。なお、展示品は撮影が可能(フラッシュは厳禁。)です。(8/4)

*1 心の安定を表わす身振りで、釈迦が悟りを開いたときの姿をとらえたもの。
*2 552年(日本書紀)とも、538年(上宮聖徳法王帝説など。)とも言われている。
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「アンリ・ミショー展 ひとのかたち」 東京国立近代美術館

東京国立近代美術館千代田区北の丸公園3-1
「アンリ・ミショー展 ひとのかたち」
6/19-8/12

日本での本格的な個展は約25年ぶりだそうです。フランスの詩人、そして画家としても知られるアンリ・ミショーの展覧会へ行ってきました。



まるで無数の人間がダンスをするかのようなイメージを見て思い浮かんだのは、私の大好きなポロックの抽象画でした。ミショーの描く線を人だと捉えなくとも、例えば何らかのエネルギー、もしくは運動の痕跡だとすれば、それは直ぐさまポロックの力感に満ちあふれた絵画へと繋がっていきます。線が回転して迸り、さらには駆け抜けて消え行く一連の行程が、それ自体としては全く稚拙な描写である時、逆に多様なイメージを膨らませることが出来るのです。何も見えないようでいて、実は何にでもある作品とはまさにこのことではないでしょうか。それは特にモノクロの作品に強く感じました。色がついているとその純粋なイメージが少し壊れてしまいます。つまりは畏まった『絵』になってしまうわけです。



企画展、そして常設展示を順に見て行くと、ちょうどミショー展の会場である「ギャラリー4」は一番最後に当たります。いつもはここへ来ると少し集中力に欠けてしまうのですが、今回はそれを感じることはなく、それこそむさぼるように作品へ見入ることが出来ました。ミショーがこれほど魅力的だったとは思いもよりません。

8月12日までの開催です。今更ながらおすすめします。(8/4)
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「混沌から躍り出る星たち 2007 - 京都造形芸術大学30周年記念 - 」 スパイラルガーデン

スパイラルガーデン港区南青山5-6-23
「混沌から躍り出る星たち 2007 - 京都造形芸術大学30周年記念 - 」
7/27-8/11



イチハラヒロコ、宮永愛子、東義孝、大庭大介といったメンバーにシンパシーを感じる方にはおすすめの展覧会です。京都造形芸術大学の卒業生(招待作家)13名、及び2006年の修了制作より選抜された12名、計25名のアーティストの作品が一堂に会しています。



ちょうど受付を挟んで左手に招待作家、そして右手に卒業制作の並ぶ展示形態(一部、例外あり。)がとられていましたが、さすがに既に一線で活躍されている前者により見応えがあります。2005年、MOTでの「愛と孤独、そして笑い展」(2005年)に出品のあった『言葉の作家』イチハラヒロコ、そしてつい先日まで吾妻橋のリバーサイドホール・ギャラリーで大掛かりな個展を開催した宮永愛子(展示作品はその時と全く同じものです。)、さらには2006年の損保ジャパンの選抜奨励展でも印象深かった鉛筆画を手がける安富洋貴など、あちこちの美術館、ギャラリーでもお目にかかった馴染み深い作家が揃っていました。これだけのラインナップを無料で見られることだけでも、お得な企画であるのは間違いなさそうです。



一番印象に残ったのは、大庭大介の2点、「UROBOROS」(2007)でした。1点は60×70、もう1点は220×180センチという大作のドローイングですが、抽象パターンとも、また深い森の奥の木立を描いたとも言えるようなそのモチーフ自体が幻想的です。また、光沢感のある白系統のアクリル絵具と、それが滲み出すかように仄かに照っている綿布との組み合わせも巧みでした。その空間へと吸い込まれていくような感覚も楽しめる、インスタレーション的妙味のある絵画作品だと思います。



卒業制作では、増田有紀の「3703065」(2006)に面白さを感じます。これはバロンケント紙にシャーペンの先程度の穴を無数にあけ、何らかのモチーフを浮き上がらせているものですが、まるで粉雪の散っているようなその感触と、凹凸のある紙自体の質感がとても魅力的にうつりました。ちなみに作家によればこの穴は無心であけたもので、モチーフ自体も特に意識してつくっているわけではないそうですが、この技法を派生する形で新たな方向へ進むとさらに面白くなるのではないでしょうか。他のバリエーションも見てみたいものです。

出品作家を紹介する立派な冊子(インタビュー付き。無料。)も配布されていました。企画にも力が入っているようです。

今週の土曜日(11日)までの開催です。(8/4)
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「線の迷宮2 - 鉛筆と黒鉛の旋律 - 」 目黒区美術館

目黒区美術館目黒区目黒2-4-36
「線の迷宮2 - 鉛筆と黒鉛の旋律 - 」
7/7-9/9



この夏、私の一推しの展覧会です。鉛筆やシャーペン、それに消しゴムなどを素材に、精巧かつ濃密な絵画を手がける9名の作家が紹介されています。

出品作家
磯邉一郎、小川信治、小川百合、木下晋、齋鹿逸郎、佐伯洋江、篠田教夫、関根直子、妻木良三

これほど一点一点に時間をかけて見たのは久しぶりです。もちろんそれぞれの作風はかなり異なっていますが、シンプル極まりない鉛筆という素材が作家の手を介すと、どれもイメージに満ちあふれた、時に驚きすら覚えるほど表現力に長けた世界へと変化していきます。

 

まず印象深かったのは、やはりレントゲンでの個展も圧倒的な小川信治でした。今回紹介されているのは「without you」と「perfect world」の2シリーズでしたが、どれもがまさに写真と見間違うほどの精密な素描力と、その発想の面白さを楽しめるものばかりです。中でもレオナルドにモチーフを借りた「最後の晩餐」が充実していました。「弟子たち」、「イエス」、そして「ユダ」の三点が並んでいますが、要はそのタイトルに記された人物だけが絵より隠されているわけなのです。この作品を見ると「最後の晩餐」におけるイエスの抜群の存在感と、その反面でのユダの空疎なそれが強く浮かび上がってきます。またその他には「ウエストミンスター・ブリッジ」や「凱旋門」なども面白いと思いました。写真などで見慣れた風景より特定の事物だけを抜き取る、もしくは付加させて、半ばその次元を絵で転換してしまいます。また間違い探しという観点では、「プラハ」が一番手強い作品でした。さてどこが実際の光景と異なっているのでしょうか。



小川信治と同様に一種のリアリズムを追求するものでは、西洋の図書館などをモチーフとした小川百合も印象に残りました。照明の落とされた展示室より浮かび上がるのは、イギリスの図書館の書庫や、公園の階段などが殆ど愚直なほど精緻に描かれた数点のドローイングです。「コーパスクリスティ図書館」(2001)では、書庫を手摺より眺めた光景が描かれていますが、まるで数十年前の古びたモノクロ写真を見るかのような独特の味わいを醸し出しています。また本の背表紙のくびれや棚の歪みなども、鉛筆に特有の柔らかい感触によって見事に表現されていました。そして、全体を包み込むような静謐さも魅力の一つです。暗室を用いた効果的な展示方法もまた冴えています。



ややグロテスクにもうつる蝶や鳥を描く佐伯洋江も魅力的です。余白を大胆にとったケント紙の上へ、小さなドットも連なる草花や鳥などを軽やかに泳がせています。花鳥画の趣きも漂わせながら、それでいてどこかシュルレアリスムの妙味も感じさせる作品です。草木がまるで動物のような姿を見せ、そして鳥たちが江戸の奇想派の絵画を思わせるような艶やかさで舞っています。

この調子で全作家の作品をあげていくとキリがありません。描くことへの無限の可能性を感じる展覧会と言って良いのではないでしょうか。最大級におすすめしたいと思います。

9月9日まで開催されています。(7/28)
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「イロノベクトル - 金丸悠児・野地美樹子二人展 - 」 四季彩舎

四季彩舎中央区京橋2-11-9 西堀11番地ビル2F)
「イロノベクトル - 金丸悠児・野地美樹子二人展 - 」
7/30-8/8

「C-DEPOT 2007」でも印象深かった金丸悠児が登場すると聞き、急遽行ってみることにしました。京橋の四季彩舎で開催中の「イロノベクトル」です。



主に日本画を手がける野地美樹子との二人展ですが、今回は通常、それこそベクトルの異なる二人の「絵画」が美しく調和した展覧会と言えるかもしれません。アクリルに麻布や新聞紙をコラージュした金丸の絵画は実に質感に長けていますが、石膏を支持体に、もはや日本画の範疇を超えたような、半ば工芸的とも言える表現でほのぼのとした世界を描く野地の作品も非常に見応えがあります。絵の中へ潜ませるように黒猫を配し、ありふれた日常の光景を捉えているようでも、まるで記憶の糸を辿るような懐かしさを見せる絵画はどこか刹那的です。とりわけ、一面に散った葉の絨毯の上で、猫が水たまりをのぞきながらブランコに乗る作品には惹かれました。その水面には猫の表情が何とも可愛らしくうつっているわけです。

「C-DEPOT2007」での巨大な「地図」が圧倒だった金丸は、今回は主に動物をモチーフとした絵画を展開していました。ただしその動物にも、例えば「地図」で見たような家などがひっそりと組み込まれています。例えばDMを飾った「エレファント」をご覧下さい。到底アクリルとは思えないような趣ある朱色を背景に、一頭の象がひょうひょうとこちらを見つめていますが、その大きな耳に家々が連なっています。画肌の複層的な質感と、その描き込まれたモチーフが互いに重なり合うかのようにしてイメージも膨らんでいくわけです。

8日、水曜日までの開催です。(8/4)

*関連エントリ
「EXHIBITION C-DEPOT 2007」 スパイラルガーデン
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「works on paper」 ヴァイスフェルト

ヴァイスフェルト港区六本木6-8-14 コンプレックス北館3階)
「works on paper」
8/3-31(夏期休廊8/12-20)

いかにもレントゲンらしい趣向の展覧会です。所属作家約15名による100点のドローイングが、展示室の壁という壁の全てにペタペタと貼られています。「works on paper」展へ行ってきました。



出品作家は以下の通りです。(NEWS: Roentgenwerke AGより転載。)
カンノサカン、佐藤好彦、山本修路、藤芳あい、石川結介、丸橋伴晃、あるがせいじ、佐藤秀貴、澤柳英行、内海聖司、小川信治、忽那光一郎、青木克世、長塚秀人、大平龍一、ほか(順不同)

この展覧会で個々の作品の感想を言ってもあまり意味がありません。(無数のドローイングから好きなものを選ぶ展覧会と言って良いのではないでしょうか。)ともかくはレントゲンでの馴染み深い作家の作品が、一枚約5000円、及び10000円程度からまさに即売会の雰囲気にて展示されているのです。実際に私が出向いた際にも、作品を購入し、そのまま持ち帰った方がいらっしゃいました。これは確かに所有欲をくすぐられます。

自宅や部屋の壁が少し寂しいなと思う方には、是非おすすめしたい展示です。(早い者勝ち?)今月末まで開催されています。(8/4)
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「子どものいる情景」 山種美術館

山種美術館千代田区三番町2 三番町KSビル1階)
「子どものいる情景」
7/21-9/2

「夏休み特別展」と銘打った展覧会です。と言っても、何か夏休み向けのイベントが用意されているわけでもありませんが、主に子どもたちをモチーフとする作品が展示されています。



まずはちらし表紙も飾る、伝長沢蘆雪の「唐子遊び図」(江戸後期)が印象的です。唐子遊びとは、「琴、棋(碁)、書、画」に通じてこそ博学多才であるとするという考えから、それに勤しむ子どもたちを描く漢画の主題だそうですが、この作品でも実に生き生きと様子で捉えられています。それにしても両肘をついて絵の手本に見入る子どもはまだしも、絵を傘のように頭の上で引き延ばしたり、はたまた碁石をはね除けて取っ組み合いの喧嘩をする姿は、もはや博学云々を通り越しての単なる遊びとしか言い様がありません。ちなみにこの作品は「伝蘆雪」として紹介されていますが、その理由はやや作風に真面目過ぎる嫌いがあるので本人と断定出来ないのだそうです。(ただし蘆雪であるとすると、おそらく応挙門下であった若い頃の作品と考えられます。また落款は鮮明に記されていました。)どうなのでしょうか。



松園の「折鶴」(1940年頃)も、その気品と艶やかさを感じる佳作です。おそらくは姉妹であろう二人の女性が折り紙をする様子が描かれていますが、特に惹かれるのは鶴の羽を両手で静かにのばしている女性の所作でした。松園の描く女性にはいつも凛とした、言い換えれば全く俗のない清らかさを見出しますが、この作品でもその印象は変わりません。か細く、また透き通るように白い両手と、それを嬉しそうに見やる表情についつい惚れてしまうわけです。



その他、若殿を厳しい眼差しで見やる乳母の面持ちが特徴的な清長の「大名の若殿と乳母、侍女二人」(1783年頃)や、草合わせを楽しむ子どもを端正に描いた古径の「闘草」(1907年頃)、それにたらし込みの効果的な枇杷の木の前で少女の佇む土牛の「枇杷と少女」(1930年)などが印象に残りました。特に「枇杷」では、まさに瑞々しさに溢れた枇杷の実の質感のはもちろんのこと、土牛の画ではあまり見慣れないような少女がとても新鮮にうつります。また画面端にて、やや恥ずかしそうに佇む様子も可愛らしいものです。



玉堂、清方、遊亀などの作品も展示されていますが、普段、それほど耳にしない画家たちも多く並んでいます。それもこの展覧会の見所の一つかもしれません。(出品リストはこちら。)

9月2日までの開催です。(7/28)
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8月の予定と7月の記録 2007

この夏に見たい展覧会です。毎月恒例の「予定と振り返り」をあげてみました。

8月の予定

展覧会
「アンリ・カルティエ=ブレッソン - 知られざる全貌 - 」 東京国立近代美術館( - 8/12)
「開館記念展2 水と生きる」 サントリー美術館( - 8/19)
「第13回 秘蔵の名品アートコレクション展」 ホテルオークラ東京( - 8/24)
「ルドンの黒」 Bunkamura ザ・ミュージアム( - 8/26)
「La Chaine -日仏現代美術交流展」 BankART1929( - 8/26)
「サーカス展」 損保ジャパン東郷青児美術館( - 9/2)
「日展100年」 国立新美術館( - 9/3)
「森村泰昌 - 美の教室、静聴せよ - 」 横浜美術館( - 9/17)
「都市のフランス 自然のイギリス/若冲とその時代」 千葉市美術館(8/7 - 9/17)
「花鳥礼讃 - 日本・中国のかたちと心 - 」 泉屋博古館・分館(8/4 - 9/24)
「アジアへの憧憬」 大倉集古館( - 9/30)


7月の記録

展覧会
「ヘンリー・ダーガー - 夢の楽園 - 」 原美術館 (14日)
「江戸の粋」 大倉集古館 (15日)
「山種コレクション名品選 後期展示」 山種美術館 (14日)
「EXHIBITION C-DEPOT 2007」 スパイラルガーデン (21日)
「ユトリロ展」 千葉県立美術館 (22日)
「シャガール展」 千葉市美術館 (22日)
「線の迷宮2」 目黒区美術館 (28日)
「子どものいる情景」 山種美術館 (28日)
「金刀比羅宮 書院の美」 東京藝術大学大学美術館 (29日)

ギャラリー
「ヨーゼフ・ベルンハルト『鳥たちの家』」 ギャラリー・エフ (7日)
「宮永愛子 - 岸にあがった花火」展 すみだリバーサイドホール・ギャラリー (7日)
「加藤泉『黙』」 高橋コレクション (7日)
「高谷史郎 - photo-gene - 」 児玉画廊 (7日)
「小谷元彦 『SP2 New Born』」 山本現代 (7日)
「ディー・フェリス個展『ピープ・ショウ』」 TARO NASU GALLERY (7日)
「平野薫展」 SCAI×SCAI (7日)
「佐藤好彦『MXR』」 ヴァイスフェルト (7日)
「本郷理奈展」 INAXガレリアセラミカ (21日)
「アニアス・ワイルダー展」 INAXギャラリー・GALLERY2 (21日)
「加藤泉 人へ」 ARATANIURANO (21日)
「夏目麻麦展」 ギャラリー椿 (21日)
「エヴァン・ペニー展」 小山登美夫ギャラリー (28日)
「森山大道『ハワイ』」 タカ・イシイギャラリー (28日)

コンサート
「伶楽舎第八回雅楽演奏会『伶倫楽遊』」 吉松隆「夢寿歌」他 (1日)

会期の迫っている展覧会ではまず、サントリー美術館の「水と生きる」を忘れるわけにはいきません。実はこの企画展は既に一度見終えているのですが、今月1日より会期最終日まで、ちらしの表紙も飾った応挙の「青楓瀑布図」が出品されています。滅多に出ない佳品とのことで、再度これをメインに楽しむつもりです。

今年もオークラの「アートコレクション」の季節がやって来ました。昨年は抱一の「四季花鳥図屏風」などもあって必見の内容でしたが、今回はメインの西洋画のほか、近代日本画などの名作も揃っているそうです。またアートコレクションのチケット(1200円)で、大倉と泉屋に入場出来るという特典(コレクション展会期中のみ有効。)は今年も変わりません。それに泉屋では若冲の展示も予定されています。近いうちにまとめて見られればと思いました。

また若冲と言えば、千葉市美術館の「若冲とその時代展」にも注目です。こちらは同時開催の「都市のフランス 自然のイギリス」の併催展ですが、現段階で若冲8点の他、最近強く惹かれている蘆雪の「花鳥蟲獣図巻」の展示も予告されています。これも楽しみです。

そろそろ画廊は夏休みに、またコンサートもオフシーズンに入ります。今月はいつも以上に展覧会巡りが中心となりそうです。

それでは宜しくお願いします。
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結果報告@ぐるっとパス(2007・夏)

6月初旬に購入したぐるっとパスの期限がきれてしまいました。昨年はこのパスでどれだけ得が出来るのかとがむしゃらに廻った記憶がありますが、今回は無理をせず、なるべく見たい展示だけに絞って歩きました。以下、その結果です。

「ぐるっとパス2007」 6/3(購入)~8/2(有効期限)

・フリーパス(無料入場)

出光美術館(肉筆浮世絵の全て)
東京都現代美術館(常設展示)
東京オペラシティーアートギャラリー(藤森建築と路上観察展)
国立科学博物館(常設展示)
泉屋博古館・分館(茶道具展)
大倉集古館(江戸の粋)
目黒区美術館(線の迷宮2)
山種美術館(子供のいる情景)

・割引

サントリー美術館(水と生きる)
東京藝大美術館(金刀比羅宮展)

以上、計10件です。ちょうどスタンプもたまったので、早速応募してみようと思います。(去年は外れました…。)



ともかく今年は、出光がフリーパスになったのでかなりお得度が増しました。オペラシティ+出光だけでも元がとれるので、出光のグランドオープン後、また企画展の始まる秋にもう一度購入するつもりです。

それでは恒例(?)の収支報告です。

無料入場分の観覧料 5820 + 割引券による割引額 300 - パス代 2000
=4120(円)

10件でも結構得をするものです。これほどとは思いませんでした。

ところでぐるっとパスとは全く無関係ですが、この夏、例えば都内画廊巡りをする際などにおすすめしたいのが都営地下鉄の「夏のワンデーパス」(7/21~8/26の土日、及8/13~17。)です。通常の一日券は700円(但し都バスを含みます。)ですが、これは何と500円で都営地下鉄が乗り放題となります。六本木、神楽坂、京橋・銀座(宝町、東銀座)、清澄などの画廊の集積地も、このパスならフリーで移動可能です。また以前にもご紹介したことがありましたが、一日券で割引となる美術館、博物館施設も用意されています。通年で使える710円のメトロ一日券も捨て難いのですが、この500円パスはかなりお得ではないでしょうか。

最後はまるで都営のまわし者(?)のような記事になってしまいましたが、ぐるっとパスをお持ちの方は如何でしたでしょうか。秋はまだ行ったことのない場所へも足を運べればとも思います。

*関連エントリ
「ぐるっとパス2006」 戦況報告!
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「森山大道『ハワイ』」 タカ・イシイギャラリー

タカ・イシイギャラリー江東区清澄1-3-2 5階)
「森山大道『ハワイ』」
7/27-8/25

森山ファン必見の写真展です。2004年より3年間をかけて撮りおろされた作品が紹介されています。全70点、全てモノクロによる展覧会です。



やはりハワイということで、どれも当地の眩しい光や風を感じるような作品ばかりですが、森山写真に見る、どこか被写体に一歩構えて撮影したような、例えば対象への恥じらいを思うような独特の味わいは健在です。ビーチにて楽しむおそらくは中年の夫妻を撮影した作品では、海へ向って長くのびる木々の影が美しい姿を描き、そこへ二人と、やや高い場所よりこの光景を捉えた森山自身の影が重なり合うかのように写っています。空とせめぎあう海の静けさと、彼らを覆うかのような手前の大きな影(土手のようなものでしょうか。)が印象的です。ここに撮る側、もしくは見る側における被写体から切り離された寂寥感、または奇妙な疎外感を思うような気もしました。この切ない雰囲気も森山の魅力の一つかもしれません。



A3サイズのポスターが用意されていました。(上の画像です。デジカメで撮影しました。)部屋のどこかにしばらく飾ろうと思います。

8月25日までの開催です。おすすめします。(7/28)
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