桑原三郎「福澤諭吉 その重層的人間観と人間愛」丸善ライブラリー048、1993年5月丸善発行を読んだ。
福澤諭吉に関する著書も多い著者が、彼の足跡をたどりながら、合理主義者でかつすべての人に優しい福澤諭吉の考え方を明らかにしている。
福澤諭吉が、緒方洪庵の適塾で蘭学を学んでいたことは知っていたが、学んだ本の中に、ファラデーの電気説など物理学の本があったことは知らなかった。江戸時代に今の理工系の合理的考え方を学んで、これが福澤の論理的、客観的な考え方を生み出したのだろう。
共感した(私などが恐縮だが)箇所を2つだけ挙げる。
福澤のよく使用した言葉に、「徳教は目より入りて耳より入らず」があります。道徳の教は、教える者が、先ず実践躬行(じせんきゅうこう=自ら実際に行うこと)、以って子弟にその手本を示すことが大事だということであります。
(偉そうなことをいう政治家に聞かせたいですね)
ある漢学の先生が生徒に“忍”という言葉の意味を教えていたところが、ある生徒は、先生がどんなに手をつくしても、さっぱりこれを理解しない。とうとう頭にきた先生は傍らにあった木片で生徒を打ったという話です。生徒に忍耐を教えていながら、先生自身、忍という言葉の意味を身につけていなかったということです。
桑原三郎は、1926年群馬県沼田市生れ。教育者、児童文学者、文学博士。
1948年慶応義塾大学文学部卒業。慶應義塾幼稚舎諭、慶応義塾大学文学部講師
1990年白百合女子大学児童文学学科教授
2009年1月死去
著書
1988年『福沢先生百話』(福沢諭吉協会)
2002年『児童文学の心』(慶應義塾大学出版会)
2003年『徹底大研究 日本の歴史人物シリーズ〈7〉福沢諭吉』(ポプラ社)
他、『汽車のえほん』全26冊、ポプラ社など
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)
とくにこの本でなくても良いのだが、福澤諭吉の人となりに関する本は一度読んでおくべきと思った。私も、本来はまず原点の『福翁自伝』を読むべきだと思うのだが、当然のことながら表現が古いので決心がつかない。
福澤諭吉は人を呼び捨てにしない人でした。その夫人も、その子女も、慶応義塾の若い塾生も、一様に「さん」づけで呼んだのです。
この点は私と同じで、「職場での呼び方」に経緯を書いた。ただし、私の場合、息子だけは、「くん」づけなのだが。
門閥制度は親の敵(かたき)と記し福澤諭吉ではありますが、明治以降も(元中津藩主の)奥平家のために尽くした筆頭の礼儀に人でもあったのであります。
福澤が、当主奥平九八郎宛に明治21年に出した手紙の最後の宛名の所に、「殿様」とある。私には、そんな福澤諭吉が、封建制を脱しきれなかった人ではなく、とても温かく、心の広い人で、好ましく思える。
福澤が朝鮮からの留学生を支援した関係で、第7章で、33ページを使って、大院君、閔妃(びんひ)など朝鮮の近代史を語っている。私は、もっとも近い国のことなのに、朝鮮の歴史にはほとんど無知だったので、おおいに参考になった。このあたりは、よって立つ立場により評価が180度違うのだろうが、私には著者はきわめて公正に語っていると思える。