須賀敦子・文、酒井駒子・画『こうちゃん』2004年3月河出書房新社発行、を読んだ。
須賀さんが唯一遺したちいさな物語に、酒井駒子さんが画をつけた。
「わたし」と「こうちゃん」が、日本やイタリアの景色のなかで、うつろう季節の中で、花や木々や生き物たちと出会う。深い思いに満ちた言葉が、味わいある絵とともに綴られている。
こうちゃんって どこの子かって。 そんなこと だれひとりとして しりません。
・・・
ながいこと待ってた 手紙がやっとついたら、封をきるとき ちょっと よこをみてごらんなさい。 いっしょうけんめいせのびして いっしょに読もうとしている子が こうちゃんです。 ─わかりもしないくせに─。
庭さきの椿の あかい花が ぽとりと落ちたら、みないふりして待ってごらんなさい。誰にもみられていないつもりの こうちゃんがうたいながらやってきて、そっと あかい花をひろいあげると、また大いばりで 行ってしまうでしょう。
珍しく降った雪を見るこうちゃんに、そっとうしろから、
ときくと、その子は ほんとうに どきっとしたようで 両の頬を たちまち もえるように あかくしたかとおもうと 木の幹に ぴったりと 顔をかくしてしまいました。
ああ こうちゃん ごめんなさい。ほんとうに うつくしいものを みていて、 ひとにはなしかけられたときの、あの かなしいような はずかしいようなきもちを わたしだって よく知ってるはずだったのですもの。
表紙の絵
黒く塗りつぶしたキャンバスにかすれるように塗りつけた水色が味わい深い。髪の毛や輪郭はパステルだろか? 穏やかで思いに満ちた女性らしい絵ですね。
本文初出:「どんぐりのたわごと」1960年12月 Corsia del Servi, Milano, Italia
とある。コルシア書店に勤めていたころ須賀さんの個人誌らしい。
私の評価としては、★★★★(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
子供の頃から今まで童話などほとんど読んだことないので、他の作品とは比べられません。でも、どことなく切ないような雰囲気がこの本には流れていて、須賀さんて、若い時からすばらしい文章を書いていたのですね。酒井さんの絵も良い味をだしていて、文とともに静かで穏やかな気持ちにさせられます。漢字も時々混じり、小さな字で、文も多いので、小さな子供むけの本ではないでしょう。
町の広場の石のはしらにもたれていた こうちゃんが、
「ぼく、待ってるんだ――」
私も、思い出しました、子供の頃、何かを待っているのに楽しくて、聞かれもしないのに、弾むように、語尾を上げて言いました。「ぼく、待ってるんだ――」
退職した今では時間はたっぷりあるのに、待つことはイライラすることだと決めつけてしまっていることに思い至りました。
須賀敦子の略歴と既読本リスト
酒井駒子(さかい こまこ)
1966年兵庫県生まれ。東京芸術大学美術学部油絵科卒。絵本作家。