トレーヴァ―・ノートン著、赤根洋子訳『世にも奇妙な人体実験の歴史』(文春文庫S19-1、2016年11月10日)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
性病、毒ガス、寄生虫。麻酔薬、ペスト、放射線……。人類への脅威を解明するため、偉大な科学者たちは己の肉体を犠牲に果敢すぎる人体実験に挑んでいた! 梅毒患者の膿を「自分」に塗布、コレラ菌入りの水を飲み干す、カテーテルを自らの心臓に通す――。マッド・サイエンティストの奇想天外、抱腹絶倒の物語。解説・仲野徹
「人体実験」といっても、ナチによる強制収容所での毒ガス実験や、日本軍七三一部隊による外国人捕虜への炭疽菌兵器の実験などではなく、その多くは、功名のため、いやその多くは知的興味のための研究者自身の自己人体実験であり、まさにマッド・サイエンティストの狂気の記録なのだ。
わずか約100年ほど前までは、医学の基礎理論が確立しておらず、論理的な仮説なしに、ただ実証実験が唯一の証明手段という時代だった。根拠のなしの信仰、呪術が幅をきかせ、怪しげな施術が横行していた時代に、時代を切り開き、自らの身体、命を犠牲にすることをいとわず、医学の進歩に貢献した彼らに栄光あれ! といっても、おもわず笑ってしまう事例も多く、楽しく読める。
淋病患者の膿を自分の性器に塗り付けたり、白血病患者の血液を体の中に注入したりする。これらは、もし自説が正しければ自分の身が危ないという自己実験で、常人には考えられない行為だ。命の危険より、真理探究を優先するとんでもない科学者の話が山ほど続く。
ラジウムの実験を続ければ危険だと気付いていたマリー・キュリーは言った。「人生に恐れなければならないものは何もありません。理解しなければならないものがあるだけです」
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
彼らの狂気にあきれるばかりだ。一つ一つが濃い話なのに、それらがヅラヅラ続くので、冗長ではなく、濃厚過ぎて読みにくい。
このような濃い話を読みたいと思う人はそれほど多くないだろうと三ツ星にした。
ここまで凄まじい行為となると、著者の語り口もあって、どことなくユーモアが漂う。
仲野先生の解説が面白い。
文中に(111ページ)、腸の中にいる白いミミズのような気味が悪い回虫の話が出てくる。若い方はご存じないだろうが、人糞を撒いて野菜を育てていた時代を生きた年寄はみな体の中に回虫がいたのだ。マッチ箱に入れた検便を学校に持参し、回虫の卵があると虫下しをもらって飲む。トイレの便のなかで大きなミミズのような回虫を見て、安心する。そんな子供時代を私たちは過ごしていたのだ。どうだ、参ったか!
トレヴァー・ノートン Trevor Norton
英国リヴァプール大学名誉教授。専門は海洋生物学。海の生態系について啓蒙活動をおこなう一方、科学史にも興味を持ち、科学者たちが挑んできた実験を自ら追試する
主な著書に『ダイバー列伝』など。
赤根洋子(あかね・洋子)
翻訳家。早稲田大学大学院修士課程修了(ドイツ文学)。
主な訳書に『ヒットラーの秘密図書館』『科学の発見』
解説者
仲野徹(なかの・とおる)
1957年生まれ。大阪大学医学部医学科卒業。ドイツ留学、京都大学医学部講師、大阪大学教授を経て、大阪大学大学院・医学系研究科・病理学の教授。
著書に、『幹細胞とクローン』『なかのとおるの生命科学者の伝記を読む』、『こわいもの知らずの病理学講義』など。
蛇足
信じられないことだが、我々はみんな、年におよそ1キロもの昆虫を食べている。そのおもな理由は、この鬱陶しいヤツらを食品加工のプロセスから完全に締め出すことは不可能だからである。……小麦粉1キロ当たり昆虫片450個、…チョコレート100グラム当たりネズミの毛1本…