小川哲著『ユートロニカのこちら側』(2015年11月25日早川書房発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
アガスティアリゾート――マイン社が運営する、サンフランシスコ沖合の特別提携地区。
そこでは住民が自らの個人情報――視覚や聴覚、位置情報などのすべて――への無制限アクセスを許可する代わりに、基礎保険によって生活全般が高水準で保証されている。
しかし、大多数の個人情報が自発的に共有された理想の街での幸福な暮らしには、光と影があった。
リゾート内で幻覚に悩む若い夫婦、潜在的犯罪性向により強制退去させられる男、都市へのテロルを試みる日本人留学生
――SF新世代の俊英が、圧倒的リアルさで抉り出した6つの物語。
そして高度情報管理社会に現れる"永遠の静寂"(ユートロニカ)とは。
第3回ハヤカワSFコンテスト大賞受賞作。
舞台は米国で、登場人物も多くは米国人。その人の見た光景などの映像、その他すべての個人情報を提供する代わりに、アガスティアリゾートでは働く必要がなく、セキュリティは万全。こんな理想郷でも、影があり、そとの社会との歪がある。
アガスティアリゾート
すべての個人情報からその人が犯罪を起こす確率を求める。「アガスティアリゾートの犯罪予測は犯罪者を裁くためのものではなく、起こる必要のない事件を回避することで、被害者と加害者の未来を救うシステムなのです。」その結果、リゾートでは犯罪はほとんど起こらず、殺人は未だ起こっていない。
タイトル「ユートロニカのこちら側」
「ユートロニカ」とはユートピアとエレクトロニカからの著者の造語。「リアリズムで書く」ことに徹したので「こちら側」とした。
第一章「リップ・ヴァン・ウィンクル」
アガスティア・リゾートがどのような場所かを説明している。
第二章「バック・イン・ザ・デイズ」
すべての過去情報から過去の完全な体験ができる技術が登場。
第三章「死者の記念日」
刑事の感か、AI(オートメーション化)かが問題。
第四章「理屈湖の畔で」
犯罪予防テクノロジーが社会に適応されまでを描く。
第五章「ブリンカー」
ブリンカーは「注意力の散漫な競走馬が、視界を狭めるために被るマスク」
第六章「最後の息子の父親」
登場した宗教者が自由意志をめぐり対話する。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
話の背景の組立は新鮮で面白い。話の内容は、時に哲学的で難解だ(著者は哲学の研究中)。
起こる事柄や人物の泥臭さがないので、頭で考えた絵空事感があり、現場感に欠けるところがある。
二十代の若者が書いたとは思えないほど洗練され読みやすい文章で、難解な話もわかったような気にされてしまう。
「第3回SFコンテスト受賞者インタビュウ」を見ると、著者の経歴、本作品の意図などがよくわかる。
小川哲(おがわ・さとし)
1986年千葉県千葉市出身。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。コンピューターの父・英国の科学者・哲学者アラン・チューリングを研究。
2015年本書『ユートロニカのこちら側』で第3回ハヤカワSFコンテスト“大賞”受賞し、デビュー。
2017年発表の第2長篇『ゲームの王国』が第39回吉川英治文学新人賞最終候補、その後、第38回日本SF大賞と第31回山本周五郎賞を受賞
2019年『嘘と正典』が直木賞候補