hiyamizu's blog

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全卓樹『銀河の片隅で科学夜話』を読む

2021年04月01日 | 読書2

 

全卓樹著『銀河の片隅で科学夜話 ――物理学者が語る、すばらしく不思議で美しいこの世界の小さな驚異』(2020年2月10日朝日出版社発行)

 

「はじめに」より

現代科学の様々な分野の成果、そしてそれをめぐる人間の物語のうちで、筆者の興味を引いた話がここに集まっている。宇宙の話、原子世界の話、人間社会の話、倫理の話、生命の話と大くくりに五つに分けられた。……各章はそれぞれ独立した話で、15分から20分で読める長さである。

また、多くのかなり古い時代の挿絵が挿入されているが、編集者の大槻美和氏がそのテーマを暗示させる絵を選び出したものだそうだ。

 

第3回八重洲本大賞・第40回寺田寅彦記念賞

 

 

いくつかご紹介

一日の長さは一年に0.000017秒ずつ伸びている。月の満ち引きで海水が海底と摩擦して地球の自転が減速するためだ。500億年後(その時には地球も月も既にないのだが)には一日の長さは今の45日になり、ひと月の長さと同じになるという。

 

宇宙は、より多次元の空間に埋め込まれた、両端が閉じた空間だから、中心はない。

天の川運河の中心は暗くなっていて、光をあまりとおさない暗黒星雲、巨大ブラックホールだ。

 

じゃんけんプレーのビッグデータ解析によれば、最初に出す手はグーが数%多く、負けた次には負けた相手に勝つ手を出す傾向がある。したがって、最初はパーを出し、次にはチョキを出す相手にグーを出すと勝ちやすい。

 

飲酒運転率が1/1,000で、飲酒検知器の精度が99%だとすると、検知器が鳴って捕まえた人が本当に飲酒運転だった確率は、(1)90%、(2)10~90%、(3)10%以下のどれか?

1,000人に検知器で調べたら鳴るのは統計的に1人。酔っていない残り999人を調べたら、誤動作で鳴るのが999×1/100=10人。鳴った合計11人のうち本当に酔っていたのは1人だから、当たった確率は1/11=9.1%。

そもそも1/1,000の確率を精度99%の検知器で計るのは無理。

 

3人共に9割の確率で正しく判定できるとすると、3人とも正しい判定をするのは0.9×0.9×09=0.729。一人だけが間違える確率は0.1×0.9×0.9=0.081で3通りあるから3×0.081=0.243。したがって、多数決の正しい確率は合計して、0.972と9割より向上する。

インターネット上でのデータのやり取りは、同じデータを複数回送ってところどころで多数決をとる「エラー補正アルゴリズム」が内蔵されて、エラー補正されている。

 

多数決の秘められた力

フランスのガラム博士の「世論力学」によれば、ある意見を支持する固定層が17%以上存在する状態で多数決を取ると、最終的には全員がその意見を支持するようになるという。すべての人を、定まった意見があり常に賛成または反対の意見を持ち続ける「固定票タイプ」と、他人の意見を参考勘案して賛成反対を決める「浮動票タイプ」に分ける。浮動票タイプの人は、ランダムの集まった3人による多数決に従って意見を変更するとした。

  • 浮動票タイプだけの社会では、意見の調整が進むにつれて、どちらかが優位になっていき、最後は全員賛成か、反対になる。
  • 常に賛成の固定票タイプが5%いると、最初に70%が反対であっても、ランダムなグループで意見調整すると、最終的には全員が賛成になってしまう。
  • 固定票タイプが17%以上いると、残りの浮動票タイプの全員が反対でも、最後は全員賛成になる。

まわりと意見交換をしながら社会全体の意見を調整する「民主的手続きを踏んだ」多数決を行う場合、2割にも満たない確信をもった少数派の意見が、残りの一般有権者全体の意見に優先することが起こる。

声評の世界では、良貨は17%以上あるときに、悪貨を駆逐することができる。

 

 

私の評価としては、★★★★★(五つ星:読むべき、 最大は五つ星)

 

個々の話は、新鮮な切り口で、目を開かれるものがほとんどだった。話もわかりやすく、数字を使った解説も私でも分かった。

 

各テーマはバラバラで本全体としての主張は明快ではない。しかし、特にあいまいなまま世の中の常識として知られている社会的ルールを、数学の力を借りて仕組みをはっきりさせ、各要素の影響を明快なものとしているのはすばらしい。たとえ単純なモデル化が行われていても。

 

 

全卓樹(ぜん・たくじゅ)
京都生まれの東京育ち、米国ワシントンが第三の故郷。
1980年東京大学理学部物理学科卒、1985年東京大学理学系大学院物理学専攻博士課程修了、博士論文は原子核反応の微視的理論についての研究。
専攻は量子力学、数理物理学、社会物理学。量子グラフ理論本舗/新奇量子ホロノミ理論本家。
ジョージア大、メリランド大、法政大等を経て、現在高知工科大学理論物理学教授。著書に『エキゾティックな量子――不可思議だけど意外に近しい量子のお話』(東京大学出版会)などがある。

 

 

目次

はじめに
〔天空編〕
第1夜 海辺の永遠
第2夜 流星群の夜に
第3夜 世界の中心にすまう闇
第4夜 ファースト・ラグランジュ・ホテル

〔原子編〕
第5夜 真空の探求
第6夜 ベクレル博士のはるかな記憶
第7夜 シラード博士と死の連鎖分裂
第8夜 エヴェレット博士の無限分岐宇宙

〔数理社会編〕
第9夜  確率と錯誤
第10夜 ペイジランク─多数決と世評
第11夜 付和雷同の社会学
第12夜 三人よれば文殊の知恵
第13夜 多数決の秘められた力

〔倫理編〕
第14夜 思い出せない夢の倫理学
第15夜 言葉と世界の見え方
第16夜 トロッコ問題の射程
第17夜 ペルシャとトルコと奴隷貴族

〔生命編〕
第18夜 分子生物学者、遺伝的真実に遭遇す
第19夜 アリたちの晴朗な世界
第20夜 アリと自由
第21夜 銀河を渡る蝶
第22夜 渡り鳥を率いて

参考文献

 

 

コメント
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