荻堂顕『飽くなき地景』(2024年10月2日KADOKAWA発行)を読んだ。
第172回直木賞候補作! 一振りの刀が巻き起こす美と血のノワール
土地開発と不動産事業で成り上がった昭和の旧華族、烏丸家。その嫡男として生まれた治道は、多数のビルを建て、東京の景観を変えていく家業に興味が持てず、祖父の誠一郎が所有する宝刀、一族の守り神でもある粟田口久国の「無銘」の美しさに幼いころから魅せられていた。家に伝わる宝を守り、文化に関わる仕事をしたいと志す治道だったが、祖父の死後、事業を推し進める父・道隆により、「無銘」が渋谷を根城にする愚連隊の手に渡ってしまう。治道は刀を取り戻すため、ある無謀な計画を実行に移すのだが……。やがて、オリンピック、高度経済成長と時代が進み、東京の景色が変貌するなか、その裏側で「無銘」にまつわる事件が巻き起こる。刀に隠された一族の秘密と愛憎を描く美と血のノワール。第172回直木賞候補作。
蒐集家の祖父・烏丸誠一郎。戦後、建設事業を成長させ、女癖が悪いバイタリティのある父・道隆。東大建築を出て、父の会社に入社して立場を強固にしていく妾腹の兄・直正と、祖父の蒐集物にこだわり続ける嫡男・治道(はるみち)。互いの憎悪が渦巻く血族の争いは家宝の一振りの日本刀と周りの人間をも巻き込んでいく。
プロローグ
美術品の優れた蒐集家で、周囲からは殿と呼ばれる祖父がまだ8歳の治道に授けた最も大きな教訓は、背筋のよい人であれ、というものだった。さらに、無銘だが、作風からして粟田口久国の、背筋のよい刀は烏丸家の守り神だと告げた。
第一部 1954年
父が粟田口久国の刀を、松嶋組と関連する愚連隊の藤永(安藤昇がモデル?)に譲ってしまった。治道は、早稲田大学のボディビル施設で知り合った親友・重森とともに取り返そうとする。
第二部 1963年
治道は祖父の蒐集した品を展示する博物館を作ろうと、学芸員への道を探したがうまくいかず、井の頭自然文化園で4年働いたが、結局、父の烏丸建設の広報課に入った。上の姉・温子は結婚して家を出たが、気性の荒い下の姉・陽子は離婚して二人の子供を連れて治道の住む実家に帰ってきた。
毎朝新聞に入った重森から陸上長距離の有望選手・高橋昭三(円谷幸吉がモデル?)を紹介され、烏丸建設が支援する提案をする。
第三部 1979年 略
エピローグ 2002年 略
本書は書下ろし
荻堂顕(おぎどう・あきら)
1994年東京世田谷区生まれ。早稲田大学卒業後も、ライター、格闘技ジム・インストラクターをしながら投稿を続ける。ブラジリアン柔術の茶帯保持者。
2021年『擬傷の鳥はつかまらない』で第7回新潮ミステリー大賞を受賞
2022年『ループ・オブ・ザ・コード』で第36回山本周五郎賞候補
2024年『不夜島(ナイトランド)』で第77回日本推理作家協会賞(長編および連作短編集部門)を受賞。
2024年『飽くなき地景』が第172回直木賞候補。
私の評価としては、★★★☆☆(三つ星:お好みで、最大は五つ星)
東京にどんどんビルを建てて生活を便利にする父親と、古く美しい物を大切にしたいという息子の違いがこの本の筋になっているが、ただ浅い観念で、深みを感じなかった。また、主人公の治道にしっかりした考えがないように思えて、入れ込んで読めなかった。
エネルギッシュな土建屋と贅沢に慣れたそのボンボンの息子が美にのめり込むという陳腐な話と、安っぽく読める気もする。
参考文献を見ても、堤清二・義明兄弟がモデルだと思い、モデル像が読みをじゃまして困った。
本筋と関係ないところで(p267)、吉本隆明、城山三郎、浅利慶太、今日出海などの名が列挙される。何故?
メモ
・青年の秘密とは、当人にとっては世界に終わりではあっても、他人からすれば笑ってしまうような些事であるということがほとんどだが、…。
日本刀の作り方:日本刀は玉鋼という鋼を打ち延ばしては折り返し、また打ち延ばしてとう作業を繰り返し、不純物を取り除いていく。さらに加熱したあと、水に入れて急冷し、焼き入れを施す。しかし、よく切れる刃になるが、脆くもなるので、焼きを入れたいところには焼刃月を薄く、それ以外の箇所には厚く塗る。その境目に刃文が生まれる。
地景:土地のながめ。また、刀の表面にできているひび割れのような黒い線状の模様。折り返し鍛錬の際に、他とは炭素の濃度や硬度が異なる部分が色味の異なる状態の鋼として表出することがあって、それが地景になる。