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「格差社会」一考

2006-05-06 22:51:38 | 社会・経済

格差社会についてもう一言、昨今の指摘として若年代を中心に低所得層の広がりがある。私にはどうもしっくり来ない。そうなると性分として、我国における低所得生活の環境の方に問題はないか、そっちはどうなんだと天邪鬼的開き直り論を展開してみたくなる。

格差社会の議論には低所得層が惨めな生活を強いられているという前提があると思う。日米両国に暮らした経験から言うと、日本は低所得者が住みにくい国であり、それが為より格差をネガチブにとりがちだと私は感じる。

贅沢で豪華な(しかし何故か品の無い)生活をこれでもかと煽る一方で、格差社会を指弾するテレビメディアの無定見さにはあきれる。取材するなら成功者が如何に社会に還元したか、寄付ランキング上位者に名誉を与えるような番組ならまだマシなのだが。取材する人の貧しさがひしひしと伝わる。

95年半ば米国で働いた時、工場労働者は概ね2-3万ドル以下の給与だった。州が決めた最低賃金が時給6.5ドル程度だったと記憶しているから、年収2万ドルにも達しない労働者が沢山いたはずである。その後も最低賃金は殆ど上がってないので労働者の年収は今も余り変わってないはずだ。

しかし、彼らの生活は以外に豊かなのに驚いたことがある。日本に比べ食料や衣料、光熱費、ガソリン等の生活の基本に係わる物価が安い。当時、大リーグ野球観覧は7-8ドル、市営のゴルフ場は10-20ドルで利用出来た。高速道路は無料だし、自動車の税金や車検の費用は殆どかからない。(現在ガソリン価格高騰がブッシュの支持率低下の直接的な要因になっているはイラク情勢もさることながら、安いことが前提の生活に直結する物価の上昇だからだ。)

構造改革道半ばの日本の物価高のかなりの部分はインフラの高コスト構造が物価に反映されている。高速道路だけでなく港湾、空港、通関など全体としてネットワーク的効率を求められる交通網はバラバラ、縦割り行政でやたらとコストがかかる。おかげで日本の空港や港は世界の中ですっかりローカルになったからだ。

米国駐在時従業員のうちに招かれて食事をご馳走になったことがある。食事はおせいじにも豪華でも美味しくもなかったが、近所の音楽家の家族も加わってワイン飲みながら食後の音楽談義は暖かく豊かで羨ましく思った。音楽家のピアノと娘さんのソプラノは素晴らしかった。彼らの生活は当時何倍も収入のある私より余程豊かだとその時つくづく思った。

年末になると日本と同じように色々な名目で寄付を募るが、社内で実施した募金に上記の給与レベルの労働者が日本では考えられない額の寄付を次々とし、12000ドル募金した者がいると聞いた時は本当に驚いた。所得だけで判断すると間違えるぞという警告だった。

ワシントン州ではボート遊びが人気で大抵の家庭はボートを持っていると聞いた。馬鹿高い係留費や維持費を考えると日本では所謂中流階級でもボートを持つことなど考えられない。米国のこの生活の豊かさは無駄が省かれた物価の安さがベースになっている。

一方、日本でも長く続いたデフレ経済で物価が下がったが、官が係わったサービスや商品の価格がまだ高い。しかし、先日NHKの放送で100円ショップが増え商品の種類や品質が充実してきたと報じた。それを見て近所に2軒目の100円ショップが最近開店したので早速覗いてみると従来の雑貨に加え生鮮食料品が揃い、日常生活を支える品揃えになりつつあるのを実感した。

番組によれば商品は中国製で無く日本製もあるらしい。製造コストだけなら従来商品とそれ程変わらないが、最初に売価を決めそれにあった作り方をして流通させ棚に並ぶまでのトータルコストを100円で売れるようにしたという。ここまでやるとは日本の中小製造業の底力を感じさせる。彼らが知恵を絞り工夫して生き残っていく時、政治的な口出しや補助金で本当に工夫して強くなった人達が報われないようなことを絶対やってはならない。

と、同時に100円ショップ商品の充実は低所得でもやり方次第で普通に暮らしていけるヒントを示している。残された領域は広いとしても、やる人は別々だ。今指摘されている所得レベルは果たして惨めな生活を強いるものなのだろうか。企業が派遣社員で社会保険コストを逃れるのは論外だが、格差解消の議論は生活の基本コストを下げる努力無しにやるべきではないと私は思う(特に規制や談合など官が係わる業界の高コスト構造を何とかしなければならない)。

格差社会の議論を生活周りだけにだけに矮小化してしまうのはやや乱暴なのは分かっている。私自身は好きな音楽を聴き、本を読み、都会では仕事が無ければジムに通い、田舎では自然の中を自転車で走り、山を歩き、時に旅行する。子供は末っ子以外独立したこともあるが、現役世代も工夫次第で生活の燃費を下げかつ豊かに生きることは可能だと思う。子育ての工夫も必要だがそれは又別の機会にしたい。

新幹線や飛行機、高速道路・車の維持費などの移動に係わるコスト、コンサート・レストランなどサービスに係わるコスト等は依然割高だ。我国のブロードバンドの費用は世界でも有数の安さであり、本物に触れたい人には物足りないだろうが私にはバーチャルな代替手段になってくれる。

私は成功した人は相応しい報酬を受けるべきでそれで格差が広がるならどうぞと言いたい。しかしやらなければならないことがある、成功で得たものは積極的に社会に還元すべきである。我国の世界的な企業や富豪はそろそろ世界的な慈善事業家になり尊敬され、我らコミュニティは成功者をやっかみ卑屈になる貧しさから抜け出し夫々の道を進んで行く社会なら悪くないのでは。■

コメント (2)
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