約束
先の米中首脳会談で胡錦涛国家主席の訪米に先立ち、呉副首相は中国政府が著作権侵害問題を積極的に解決していくことを約束した。胡錦涛国家主席はシアトルでソフトウエアのコピーを厳しく指摘してきたマイクロソフト社のビルゲイツ会長に会いパソコンへの真性品のインストール促進と政府購入を明言した。大国中国が海賊行為で非難されることなど許されるはずが無い、胡主席の面子を保つことは絶対だった。
偽造大国
しかし実際のところ、中国ではあらゆる製品の模倣品が製造され、その規模は莫大だ。映画や音楽のビデオ、DVDから電動工具、計測器、医薬品、酒、種子まで、とにかくなにからなにまで偽物が出回っている。ちょっと古いデータだが2000年に中国で摘発された不正品の総額は1兆1000億円に上ると言われる。
日本に関連する商品の一例をあげると、中国で年間に生産される1200万~1300万台の2輪車のうち、3分の2は模倣品と見られている。対策として最近日本を始め世界のメーカーはコア技術の中国企業への移転を極力抑制していると報じられている。
対抗策
しかし、抑制するだけでは急成長する中国市場の主要プレイヤーになれない。その為には付加価値の高い原材料の製造も、今後各社とも中国に生産ラインを移す方向にある。多くの重要な原材料に関して、中国はいまだ関連製造技術を持っておらず、中国政府は原材料や部品の現地化率に制限を設けている。
例えば、高級車に用いる薄板鋼材のような材料も、今後日本の自動車関連の原材料メーカーは中国に工場を設立することになるだろう。そこでトヨタの場合、広州の完成車生産企業の持ち株比率は50%だが、エンジン生産企業は70%、R&D企業は100%とすることにより規制をクリアし、かつ原材料製品技術の移転を防ぐ手立てをとろうとしている。
グローバル・サプライ・チェーン
この事情はIT機器も事情は全く同じで、日本メーカーは開発研究部門を日本に戻し半導体集積回路など核となる部品・ユニットを開発生産し、中国に輸出し組み立てるグローバル・サプライ・チェーンを構築した。中国に進出した台湾・欧米メーカーも同じグローバル生産システムを作った。これは極端に言えば中核技術を保護し、中国を組立工場として利用し続けるシステムだ。
中国の決意
このままではサプライ・チェーンの付加価値の少ない一部を分担するだけで利益の大半を得るのは海外企業だけである。中国政府は自国の大学・企業の研究開発機関にインセンティブを与え中国独自の科学技術開発を強く推進してきた。模造品とか海賊行為などといわれて大国の誇りが許さないと言うだけでなく、実利的にも付加価値の高いバリュー・チェーンへの移行は極めて重要な国策であった。
2003年中国国産初のDSP(ディジタル信号処理回路で携帯電話やディジカメに使う)を開発したと上海交通大学の陳進博士と政府が共同発表した。博士は米国の給料の半分になるのを覚悟して中国の将来に賭け帰国した気鋭の科学者だった。発表以来博士は中国科学技術のシンボルであり英雄になった。政府から巨額の援助を受け多くの研究開発を指揮することになった。
内部告発
ところが今月始め頃だったと思うが中国が自主開発したDSPが実は偽造品だったと業界紙に目立たないニュースが流れた。その時はそれ程注目しなかったが、その後日米で興味深い背景記事が出た。それを見ると中国の誇りと悩みのジレンマが集約されているように私には思える。
独自開発したというDSPは以前博士が所属した米国モトローラが開発したDSPをコピーしたものだと昨年末に内部告発があった。それ以来ネットに不正を告発するニュースが流れ、遂に12日大学から調査の結果不正が判明したと発表があり疑惑に終止符を打った。
デジャブー
このパターンは韓国で起こった黄教授の幹細胞論文偽造スキャンダルとよく似ていると思わないだろうか。黄教授も韓国科学技術を率いる国家的英雄であり、国民の期待の高まりを背景に学会は不正を見破れず、内部告発で不正が暴かれた。
中国でも内部告発がネットを経由して言論統制下とは思えない速さで広がった、或は告発が政府の新方針に合致したのかもしれない。NYタイムズによれば自前技術開発の国家的期待の圧力は非常に高く、博士は不運だった、類似のスキャンダルが水面下で沢山あると関係者の言を報じている。
冷静な反応
しかし、面子は潰されたものの中国政府商務部はねつ造調査が素早く行われたことを評価した。依然ウェブにスキャンダルに関する書き込みが続いているが、韓国と異なり陳進氏を擁護する声は無く、私の予想に反し淡々と問題を指摘し評論するいわば成熟した反応が殆どと言う。
米国の陳進氏の元同僚は彼が非常に優秀だったこと、何故こんなことをしたのか理解しかねるというコメントを残している。中国の同僚は同様に彼の優秀さと国内の自前技術開発の圧力の大きさを指摘している。ランプ暮らしから突然携帯電話の時代に移行し、全速力で走らなければいけない中国の焦りが招いた事件とも取れる。
競争が育てる
しかし、大学教育の急速な広がりと若者の上昇意欲を見ると、私は長い目で見れば中国が科学大国になるのは間違いないと思う。既に大学卒業は成功への切符ではなくなり、激烈な競争が続くと予想される。これまでの数人の天才より、これからの100万人の高レベルの競争が続いた時の進歩は遥かに早い。
日米半導体摩擦以前で私が技術者だった頃は米国の最先端技術を分解・分析し設計に反映する所謂リバース・エンジニアリングはよく行われ、彼らの特許を乗り越える技術を追求し技術レベルを高めて行った。中国の人達の彼らの冷静な反応はある意味、誇りと自信の表れと言うように私には感じる。ただの模倣品からの卒業はそう遠くない気がする。■