「どうじゃ、秀次に近しい者どもはわかったか」
「かなり調べはつきましたぞ」
徳川家康と本多正信である、二人は今は大坂屋敷にいる
「関白殿下の家老は、にわか作りが多いゆえ、案外大きな穴があいております」
「そうであろうのお、主が関白になったおかげで5000石の小身が一気に5万石じゃから舞い上げっておろう」
「関白殿下だけでなく、家老にも諸大名から賄賂が届いているそうでございます」
「そこよ」
二人の会話にしては珍しく熱が入っている
「しかし正氏(まさうじ)は、よおやっておる」
「親譲りでござる、隠密にこれほど向いていたとは」
正氏=本多正氏は、本多正信の甥である、3年前までは家康の馬廻りとして働いていたが、突然あいそうを尽かして出奔したのだ
その後、秀次の重臣、羽田正親と懇意になり秀次の家臣になっていることがわかった、家康も成敗したいが相手が関白ではどうしようもない。
ところがこれは本多正信が仕組んだことで、実は関白家の内情を逐一知らせるための隠密であった。
その為「あれは喧嘩早くて、どこにも腰を据えることが出来ぬ男じゃ」と陰口を叩かれた、しかしこれもまた兄正信の命で織田家の内情を探るための方便だったのだ、正信はこの親子からの情報を利用して徳川の戦に貢献している。
伏見では三成が、集めた情報を秀吉に伝えに来た、だが秀吉はあまり乗り気でない
「殿下、関白様の人脈をまとめてきたので御目通しください」秀吉の景色を察して三成は小姓に小雑誌を預けると、すぐさま退場した
「それは書庫にしまっておけ」秀吉は小雑誌を見ようともせず、小姓に言った
「殿下、徳川大納言様が『お目通りしたいと』参っておられます」
「おお! 徳川殿か、わしも会いたいと思っていたところじゃ、通すがよい」
弟、秀長が死んでからは、秀吉の描いている世界観を理解できる者は徳川家康と黒田官兵衛の二人しかいなくなった。
ずっと力になってくれていた小早川隆景は隠居してから体調がすぐれず屋敷に籠って出てこなくなった、もっとも秀吉を知り尽くしている前田利家は夢とか未来には興味ない実務家で、これからを相談する相手ではない。
黒田官兵衛はどこかで大きくすれ違って秀吉は遠ざけている、そんなわけで徳川家康なのだ。
「殿下は朝鮮の役はこれで終わると思われますか」
「ははは、大納言殿いきなり難しいことをゆうではないか」
「・・・とは! ないとも言えませぬな」
「大明の皇帝の考え一つであろう、気長に待てば良い」
「次の渡海軍の総大将は関白殿下にお任せくだされ、この家康が徳川勢5万を引き連れて補佐しましょう」
「ははは、それはありがたき申し出であるが、そなたや儂では『年寄りの冷や水』唐国など若者に任せればよい、儂も、そなたも、隆景、利家、もはや大坂城で留守居じゃよ、関白は名護屋か朝鮮かはわからぬが総大将にして、小早川、宇喜多、毛利、島津、加藤、福島、黒田、大納言殿の御曹司、伊達の小童などに渡海させよう」
「ところで、朝鮮より戻った者たちの慰労に茶をふるまおうと思っておりますが、お許しいただけますか、大それた茶会ではなく老人が日向で語り合うようなものでございますがな」
「おお、それは良きことじゃ、大納言殿にそうしてもらえば、その者たちも元気が出るであろう、大いに結構じゃ」
そう言った秀吉だが、家康の腹の内は読んでいる。
加藤清正、小西行長など少しは釜山周辺に残っているが、多くの大名は家老クラスに守備を任せて帰国している
そして妻や家族が住む大坂屋敷、京屋敷に戻っているのだった
「ところでいささか腑に落ちないことが」
「なんじゃ?」
「明の使者、我が国も相手も時間がかかりすぎませぬか?」
「たしかにそうじゃ、それは儂も思っておった、そもそも小西と宗に任せっきりで、それも最前線で戦をさせて、交渉もせよでは時間がかかって当然じゃ
それで搦手の交渉を清正にもさせておる、相手の明使も別の者を使えと申し渡してあるから近いうちに何か知らせてくるであろう」
それから数日後、家康は大坂屋敷に数名の大名を招いて茶会を催した
茶会などと言っても家康は質素倹約をモットーとしているから、形式ばった茶会などではないし、名器を競うような事は一切しない
招かれたのは、細川忠興、福島正則、黒田長政、藤堂高虎の4人であった。
家康が彼らの胸の内を探るための招きであるのは明らかだ
細川忠興(ただおき)、父、細川藤孝(長岡藤孝=細川幽斎)は昔、明智光秀と共に流浪の将軍、足利義昭を支えてきた義の男。 その長男であり、妻は光秀の娘「珠」 珠はキリシタンなので、忠興父子もキリシタンには寛容である
朝鮮では主力として戦う
福島正則、秀吉と同郷で親戚、子供の頃、出世を夢見て秀吉に仕える。 加藤清正と共に子飼いの家臣である 朝鮮では遊撃隊として戦う
黒田長政、父は秀吉の軍師、黒田官兵衛 朝鮮の最前線で戦う
藤堂高虎、小身から功を上げて、出世を重ねてきた苦労人。 小早川秀秋の与力大名となって水軍を率いて朝鮮で戦った
そんな4人の勇者たちである。