おはようございます。アドラー心理学に基づく勇気づけの研修(外部研修も)とカウンセリングを行う ヒュ.ーマン・ギルド の岩井俊憲です。
致知出版社 の月間『致知』6 月号ピックアップ記事 の「二十代をどう生きるか」の「諦めなければ夢は必ず叶う」 このひと言に込めた思い 」と産経新聞の「話の肖像画」で宮本亞門(演出家)の記事を読みました。
両方を重ねって「勇気づけ」について2回に分けてご紹介します。
まずは、『致知』6 月号から
人とうまくコミュニケーションを取れず、生きる希望も見出せなかった10代は、自殺未遂を繰り返し、引き籠りも経験しました。
そんな暗闇の中でも夢を見つけ、失敗を重ねつつも演出家になった僕の、決して煌びやかでない歩みが少しでもお役に立てればと願い、振り返ってみたいと思います。
冒頭部分にこんな話が出てきます。
そもそも演出家を志したのは、高校2年次の1年間の引き籠りがきっかけです。
友人と趣味や話題が合わず、真っ暗な自室に籠ってひたすらレコードをかけて1人でミュージカルやクラシックに聴き入っていました。
その中で、音楽の素晴らしさや世界観に心を動かされ、次第に生きる力が湧いてきたのです。
この部分は、とても有名な話です。
不登校からひきこもりに入った亜門少年には演出家になる夢が語られます。
18歳の時に演出家を目指した亜門さんは21歳の時にプロのダンサーとして
ミュージカル『ヘアー』に出演した舞台初日の朝、長く病を患っていた母が亡くなってしまったのです。
その母の死に際し、「これからは一人で頑張らなければ」と、込み上げてきた思いのままにニューヨークに飛び、ブロードウェイで初めて生のミュージカルを観て演出家という仕事は「命を賭すに値する仕事」だという確信を得たのです。
しかし、26歳の時に限界を感じて、ミュージカルが台頭し始めていたロンドンへと旅立ちました。
1年間、ロンドンに滞在中、ダンスレッスンを受ける傍ら、劇場で演劇やオペラなどを観続けていて、自分なりに学んだつもりになっていました。
そんな時に友人からこう言われたのです。
英語のやり取りが入っていますが、日本語でお伝えします。
「あなたは何がやりたいの?」
「演出家になりたいと言ったじゃないか?」
「そうではない。職業はあくまでも道具(手段)だろ。演出家を通して何を伝えたいのか?」と。
演出家ななることばかりを考えていた僕は、一番大切なポイント、”何のために”という視点が抜け落ちていたことに愕然(がくぜん)としました。
そしてある朝、目が覚めたら涙がとめどもなく溢れ出ていました。
私は「演出家を通して何を伝えたいのか?」という言葉がキモだと思います。
ミッション(使命)に関する言葉で、このことを考えることなく
・本を出版したい。
・研修講師になりたい。
・カウンセラーになりたい。
などと言っている人たちが周囲にかなりいます。
私はこのように問いたい。
「本を出版することを通して何を伝えたいのか?」
「研修講師として何を伝えたいのか?」
「カウンセラーの仕事を通して何を伝えたいのか?」
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