見もの・読みもの日記

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漱石の女/橋口五葉展(千葉市美術館)

2011-07-15 00:13:42 | 行ったもの(美術館・見仏)
千葉市美術館 『生誕130年 橋口五葉展』(2011年6月14日~7月31日)

 橋口五葉(1881-1921)は、装飾美術家、挿絵画家、装丁家、版画家、浮世絵研究者。自分のブログ内を「五葉」で検索したら、埼玉近美の『小村雪岱とその時代』展しか出てこなかった。いや~もっと見ているはずなのに…。なんというか、厭味がなくて、万人に受け入れやすいだけに、印象に残らない弱さがあるのかもしれない。

 本展は、郷里の鹿児島歴史資料センター黎明館の所蔵品をはじめ、豊富な資料で、五葉の業績を多面的に振りかえる。まず、東京美術学校時代のスケッチや水彩が大量に残っているが、これがもう「売りもの」になりそうなくらい、巧い。白馬会に参加しては、黒田清輝(外光派)ふうの油彩をモノしている。これも巧い。ほんとに器用だな、このひとは。

 明治30年代の浪漫主義的作品群は、『王朝風俗』とか『古代の女』とか、仮託された(理想化された)古代に取材したテーマが多い。もっとも、青木繁みたいな怒涛の芸術作品ではなくて、誰でも安心して楽しむことのできる単純平明さがいい。漱石の『吾輩ハ猫デアル』『虞美人草』等々の装丁も、そうした単純平明路線の続きにあるものだと思う。

 明治44年(1911)、三越呉服店の懸賞広告に応募して1等賞を獲得したのが『此美人』。凛とした風情の和装美女が、挑むような視線を投げかけている。ん?三越呉服店?と思って画像検索したら、たくさん出てきたのは杉浦非水(1876-1965)のポスター。同じく和装の美女を描いたもので、私は非水も好きなんだけど、ずいぶん違うなー。五葉の描く美女には、「女を怖れた」漱石と同じ匂いがする。私は『黄薔薇』を見たとき、反射的に『三四郎』の美禰子だ!と思った。

 この懸賞賞金によって、29歳の五葉は、大分県の耶馬溪へ旅行し、面白いことに、亡くなる直前まで、耶馬溪の風景を繰り返し描き続ける。時には明るい水彩画で。時には南画ふう、時には伝統的な水墨画ふうに。なぜ、そんなにも耶馬溪に執着したのか。注目の羅漢寺に加えて、耶馬溪に行ってみたい理由が、ひとつ増えてしまった。

 五葉は、耶馬溪で「浴場の女」というテーマにも出会い、以後、おびただしい数の(一説に3,000点!)裸体または浴衣の女性の鉛筆スケッチを残している。浮世絵研究の成果を加えた完成品では、伝統的な日本女性の美しさが的確に捉えられているが、むしろ、ラフスケッチに留められた、平凡で、ぼんやりした表情の女性たちの、さまざまな姿態も私は好きだ。理想化されない、たるんだ腹、平板な胸を、五葉はいとおしむように描きとどめている。

 さまざまな分野でマルチタレントぶりを発揮した五葉だが、実は41歳で亡くなっていると知ったのは驚きだった。合掌。
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