レイモンド・チャンドラー/小泉喜美子訳 昭和63年 河出文庫版
ハードボイルドつながり。
なんといってもフィリップ・マーロウ。
タイトルだけは知ってたけど読んだことなかった『ベイ・シティ・ブルース』を読みたくて、この文庫が出たときに買ったんぢゃないかと思うが。
『赤い風』『密告(さ)した男』『ベイ・シティ・ブルース』の三短編が入ってる。
訳者あとがきによれば、正確にはもともとマーロウが主人公ぢゃない設定で書かれたものもあるらしいが、一応ぜんぶマーロウの名前になってる。
ひさしぶりに読み返したけど、おはなしのなかみより、独特の比喩をつかった語り口が、読んでるだけで単純に楽しい。
いくつか抜き書きしてみましょうか。
>あれは金曜日だったはずだ。隣のマンションにあるコーヒー・ショップから漂ってくる魚の匂いがその上に車庫でも建てられそうなくらい強かったから。
>彼自身の息づかいもシャツにアイロンをかけられそうなくらい重たげだった。
>私は泣き言を行った。私の声は通りの向かい側のラジオの声のように遠く聞こえた。
>彼のあごが下がってきたので、なぐりつけた。最初の大陸横断鉄道工事のとどめの犬釘を打ち込むようになぐった。
>ようやく、彼女は焦げたトーストの耳くらいの柔らかな声を出した。
>青年はもう一杯、ライのストレートを注いでやったが、それを持って出てきたときはお祖母さんを蹴とばしでもしたようなうしろめたい顔をしていたので、さてはカウンターのかげで水増ししたなと私はにらんだ。
…かっこいいですね。
(まあ、かっこいいと思うか、鼻につくと思うかは、ひとそれぞれかもしれないけど。)
なにがかっこいいって、これらはムダなことだってのが、ひとつの理由として私なんかは感じる。
なくても意味とおるって観点からしたら、ムダなこと。でも、そこにこだわって、何かつけたしてるとこが文章表現のおもしろさでしょ。
(ホントは原語で読んだら、リズム感のようなものも、もっと感じることができて、楽しいのかもしれないが。)
私もこういうの読んでたころは、カネはないけどヒマな時間ばかりあったんで、何か書きつけようとする際には、けっこうこーゆー言い回しをいちいち考えようとしていた。
会社はいって仕事するようになると、くだらない文書ばっか作るようになって、そういう感性のようなもの、どっかに忘れてきちゃったような気がする。
少しとりもどさねば、と思う。

※1月23日付記
村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に、
>ウェイターがやってきて宮廷の専属接骨医が皇太子の脱臼をなおすときのような格好でうやうやしくワインの栓を抜き、グラスにそそいでくれた。
ってのがあるんだけど、これが好きなんだな、私ゃ。
ハードボイルドつながり。
なんといってもフィリップ・マーロウ。
タイトルだけは知ってたけど読んだことなかった『ベイ・シティ・ブルース』を読みたくて、この文庫が出たときに買ったんぢゃないかと思うが。
『赤い風』『密告(さ)した男』『ベイ・シティ・ブルース』の三短編が入ってる。
訳者あとがきによれば、正確にはもともとマーロウが主人公ぢゃない設定で書かれたものもあるらしいが、一応ぜんぶマーロウの名前になってる。
ひさしぶりに読み返したけど、おはなしのなかみより、独特の比喩をつかった語り口が、読んでるだけで単純に楽しい。
いくつか抜き書きしてみましょうか。
>あれは金曜日だったはずだ。隣のマンションにあるコーヒー・ショップから漂ってくる魚の匂いがその上に車庫でも建てられそうなくらい強かったから。
>彼自身の息づかいもシャツにアイロンをかけられそうなくらい重たげだった。
>私は泣き言を行った。私の声は通りの向かい側のラジオの声のように遠く聞こえた。
>彼のあごが下がってきたので、なぐりつけた。最初の大陸横断鉄道工事のとどめの犬釘を打ち込むようになぐった。
>ようやく、彼女は焦げたトーストの耳くらいの柔らかな声を出した。
>青年はもう一杯、ライのストレートを注いでやったが、それを持って出てきたときはお祖母さんを蹴とばしでもしたようなうしろめたい顔をしていたので、さてはカウンターのかげで水増ししたなと私はにらんだ。
…かっこいいですね。
(まあ、かっこいいと思うか、鼻につくと思うかは、ひとそれぞれかもしれないけど。)
なにがかっこいいって、これらはムダなことだってのが、ひとつの理由として私なんかは感じる。
なくても意味とおるって観点からしたら、ムダなこと。でも、そこにこだわって、何かつけたしてるとこが文章表現のおもしろさでしょ。
(ホントは原語で読んだら、リズム感のようなものも、もっと感じることができて、楽しいのかもしれないが。)
私もこういうの読んでたころは、カネはないけどヒマな時間ばかりあったんで、何か書きつけようとする際には、けっこうこーゆー言い回しをいちいち考えようとしていた。
会社はいって仕事するようになると、くだらない文書ばっか作るようになって、そういう感性のようなもの、どっかに忘れてきちゃったような気がする。
少しとりもどさねば、と思う。

※1月23日付記
村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に、
>ウェイターがやってきて宮廷の専属接骨医が皇太子の脱臼をなおすときのような格好でうやうやしくワインの栓を抜き、グラスにそそいでくれた。
ってのがあるんだけど、これが好きなんだな、私ゃ。