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*******前のブログの大阪高裁 判決文の該当箇所******
ウ 前提となる考慮事項(考慮事項(a)ないし(g))について
(ア) 本件申請の内容
a 運賃額
本件申請に係る運賃は,初乗りが480円,料金5000円を超えると5割引であり,これまで大阪市域で認可されていた最低運賃(初乗りが500円,料金5000円を超えると5割引)を更に下回る運賃である(甲3,乙8の6,乙9)。
なお,大阪市域の平均的タクシー事業者が採用している初乗運賃は660円である(弁論の全趣旨〔控訴人の平成20年5月30日付け準備書面17頁(c)参照〕)。
b 収支見積
本件申請にかかる申請書(平成14年11月26日受付一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金変更認可申請書。甲3)には,被控訴人の実績年度(平成13年度),翌年度(平成14年度)及び平年度(平成15年度)の収支見積書が添付されていた。その内容は次の(a)ないし(c)のとおりである。
(a) 実績年度(平成13年度)
運送収入 311万2000円
運送原価 303万0000円
(内訳)
人件費 144万0000円
燃料油脂費 22万8000円
車両修繕費 13万8000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 93万0000円
収支率 102.7%
(b) 翌年度(平成14年度)
運送収入 384万5000円
運送原価 375万2000円
(内訳)
人件費 168万0000円
燃料油脂費 28万2000円
車両修繕費 16万1000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 133万5000円
収支率 102.5%
(c) 平年度(平成15年度)
運送収入 410万7000円
運送原価 399万1000円
(内訳)
人件費 192万0000円
燃料油脂費 38万2000円
車両修繕費 17万0000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 122万5000円
収支率 102.9%
(イ) 近畿運輸局長の査定
a はじめに
本件申請にかかる運賃等は,審査基準公示の自動認可運賃に該当せず,かつ運賃の値上げである運賃改定を伴わない運賃及び料金にかかる申請であったので,近畿運輸局長は,実績年度(平成13年度)の被控訴人の個人タクシー事業の運送原価及び運送収入を基に,平年度(平成15年度)における被控訴人の運送原価及び運送収入を査定した。その査定の結果は,本件却下処分時及び本件再却下処分時について,それぞれ次のb,cのとおりであった。
なお,本件再却下処分時の査定結果は,本件却下処分時の査定の計算過程に一部誤りがあったことから,これを補正したものである(弁論の全趣旨)。
b 本件却下処分の査定
近畿運輸局長は,本件却下処分(平成16年2月13日)では,本件申請について,次のとおり査定した(乙8の6)。
(a) 運送収入 416万9000円
(b) 運送原価 505万4000円
(内訳)
人件費 325万1000円
燃料油脂費 36万2000円
車両修繕費 22万7000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 92万0000円
(c) 収支率 82.49%
c 本件再却下処分の査定
近畿運輸局長は,本件再却下処分(平成20年2月27日)では,本件申請について,次のとおり査定した(甲22,弁論の全趣旨)。
(a) 運送収入 417万8000円
(b) 運送原価 507万2000円
(内訳)
人件費 325万1000円
燃料油脂費 36万2000円
車両修繕費 22万7000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 93万8000円
(c) 収支率 82.37%
(d) 当裁判所の補足説明
Ⅰ 収支率82.37%というのは,運送原価100円に対して,運送収入は82.37円ということであり,17.63円の赤字ということである。
Ⅱ 近畿運輸局長は,被控訴人の平年度(平成15年度)の個人タクシー事業は,運送収入417万8000円に対して,運送原価は507万2000円であり,89万4000円の赤字であると査定した。
Ⅲ 近畿運輸局長が上記のように査定した最大の原因は,本件申請では,人件費を192万円としていたが(前記(ア)b(c)),これを325万1000円に補正したことによる。
(ウ) 本件申請についての収支率のかい離等(考慮事項(a))
a 収支率のかい離
近畿運輸局長の査定では,上記(イ)c(a)~(c)のとおり,実績年度(平成13年度)の被控訴人の運送原価及び運送収入を基に,平年度(平成15年度)における被控訴人の運送原価及び運送収入を査定すると,平年度の収支率は82.37%(4,178,000÷5,072,000)であり(なお,査定結果について,本件却下処分時のものは,計算過程に一部誤りがあること上記(イ)aのとおりであるから,検討においては,本件再却下処分時のものを採用する。以下も同じ。),そのかい離の程度は18%弱となることが認められる。
また,近畿運輸局長の査定では,本件申請における被控訴人の月額人件費16万円(年額192万円,甲3)を採用せず,原価計算対象事業者29社の運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件費)30万0999円を10%下回る額である27万0899円とした(乙8の6-4枚目)。そのかい離の程度は約40%である。
b 収支率のかい離が生じた原因
審査基準公示は,申請者の運転者1人当たり平均給与額が原価計算対象事業者の運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件費)の10%を超えて下回っているときは,一定の場合を除いて,標準人件費を10%下回る額で人件費を査定すると定めている(乙4-20頁1項)。
近畿運輸局長の人件費の査定(上記a2文)は,審査基準公示の上記定めに従い,本件申請では人件費が年額192万円(月額16万円)とされていたのに対し,標準人件費を10%下回る年額325万1000円として行われた。
本件申請にかかる運賃等の額の運賃査定額からのかい離の程度が上記a1文のとおり18%弱に及んだ最大の理由は,被控訴人の人件費を上記のとおり標準人件費を10%下回る値で査定したことにある。
(エ) 大阪市域のタクシー運転者の賃金(考慮事項(f))
証拠(乙33の1・2,34の1・2,35)によれば,大阪府内のタクシー運転者の月額平均賃金(賞与を含む)は,平成16年度は25万6650円,平成18年度は27万3175円で,全産業の男性労働者平均の3分の2程度であったことが認められ,また,平成6年から平成16年までの10年間で,大阪府下における全産業労働者の平均賃金が4%程度減少したのに対し,タクシー労働者の平均賃金の減少割合は28.4%に及ぶことが認められる。
(オ) 被控訴人の営業形態等(考慮事項(d))
被控訴人は,事業区域を大阪市,豊中市,吹田市,守口市,門真市,東大阪市,八尾市,堺市及び大阪国際空港(池田市のうち空港地域に限る。),使用する事業用自動車を1両などとして,一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受け,個人タクシー事業を営む者である(前記第2の3(1)で原判決5頁(1)アを引用して認定した事実)。
個人タクシー事業には,事業主である運転者がその事業内容を自在に設定できるという特性や,年金生活等生活の中で事業運営を行っていくことができるという特性がある(弁論の全趣旨〔控訴人の平成20年5月30日付け準備書面20頁⑤参照〕)。
被控訴人(昭和36年7月生)は,本件申請(平成14年11月)当時,親元の近くに住み41歳の独身であり,自宅を事務所に保険代理店を営んでおり,若干(小遣い程度)の代理店収入があった(被控訴人本人調書17頁)。
(カ) 大阪市域のタクシー市場(考慮事項(b)(c)(e))
運賃適用地域である大阪市域は,流し営業が成り立つ都市部の人口密集地域である(弁論の全趣旨〔控訴人の平成20年5月30日付け準備書面19頁④(イ)参照〕)。平成19年3月末時点の大阪府下のタクシー車両数(セダン・特定大型)は,全体で2万3089台であり,うち1人1車制の個人タクシー事業者の車両数は19%に相当する4406両であった。法人タクシー台数はその余の1万8683両ということになるが,法人タクシーに属する運転者数は2万8628名であった(乙27)。
大阪府内の法人タクシーの実働1日1車あたりの運送収入は,平成6年度で4万1766円であったが,平成16年度では2万8927円となり,この10年で約3割減少した(乙30)。これは,平成16年度における東京都(特別区・武三交通圏)のタクシーの実働1日1車あたりの運送収入が4万8115円であった(乙31)のに比べて,大きく下回る実情であった。また,大阪府内の法人タクシーの実車率は平成16年度で39.5%であり,平成6年度から約10ポイントも減少していた(乙30)。
平成12年度において,大阪市域交通圏では3546両の供給過剰となっているが,この台数の基準車両数に対する割合は44%で,これは近畿においては神戸市域交通圏に次いで高い数値であった(乙32)。
大阪市域では,平成14年の規制緩和以降,多種多様なタクシー運賃が出現し,タクシー事業者間の競争意識を激化させ,初乗運賃500円を設定した車両が増加の一途をたどり,繁華街等のタクシー乗場で順番を待って乗客を乗車させるのではなく,無秩序に客待ちや一般道路で徐行するなどの混乱が生じやすい状況となっている。(乙60,116,119,120,弁論の全趣旨)。
大阪市域では,運賃競争が激しく,車両数の増加が著しく需給ギャップが拡大していること,交通事故件数が全国平均よりも高いこと,タクシー運転者の労働条件の悪化等を通じたタクシー輸送の安全及び旅客の利便の低下を招く懸念が生じていたことから,近畿運輸局長は,平成19年12月14日,大阪市域を準特定特別監視地域として個別指定し,タクシー事業への新規参入や既存業者のタクシー増車を抑制する方針を打ち出した(乙50~52,弁論の全趣旨)。
近畿管区行政評価局は,大阪地域は,「大阪タクシー戦争」と称されるほど乗客獲得競争が激化し,タクシー運転者の無理な長期間労働や収入減少など労働環境が悪化していることから,タクシー運転者の加重労働等によりタクシー利用者の輸送の安全が脅かされるおそれがあるとして,平成19年10月から11月にかけて,タクシー事業者における運転者の過労防止等の運行管理及び労働条件の実態,行政機関における指導監督の実施状況等の調査を行っている(乙53,54)。
(キ) 大阪市域で最低額運賃を設定した事業者の動向(考慮事項(b)(c))
大阪市域において最低額運賃(初乗運賃を500円とし,遠距離割引5000円超5割引を併用する運賃)を設定した車両数は,平成16年2月13日に434両(全体の1.9%)であったが,平成17年9月末には876両(同3.9%),平成19年3月末には1472両(同6.4%),平成20年1月末には1756両(同7.7%)となっている(乙45ないし47,弁論の全趣旨)。大阪市域は低額運賃への追随傾向が認められ,運賃競争が極めて激しい地域であるということができる。
上記最低額運賃による運賃は,一層の経費節減と輸送回数の増加や実車率の伸び等により収支を償おうとするものであるところ,近畿運輸局長は,事業者の経営努力により,そのような経営の効率化,事業の伸びを見込むことができると判断し,事業者の経営判断を尊重してその認可を行った。ただし,その認可に際しては,不当な競争を引き起こすような状況が生じていないかなど,事業の状況について検証する必要があるとの配慮から,6か月ないし1年の期限を付し,さらに事業者において1か月毎の輸送実績等を報告することを認可の条件としていた(乙17ないし20〔枝番のあるものは枝番を含む。〕,116)。
最低額運賃を設定した法人タクシー事業者は,ほぼ新規参入業者に限られている(乙57)。最低額運賃を設定している法人タクシー事業者の中には,燃料費,修繕費等の事業運営経費を運転者が負担しているとの指摘が寄せられる者や,運行管理体制が不十分であること等を理由に営業所の停止処分を受けた者が存在する(乙48)。また,初乗運賃を500円,540円,550円としていたタクシー事業者のうちには,収支が償わなくなったこと等を理由として,自動認可運賃に変更した例がある(乙58)。社会保険,労働保険,任意保険,消費税を未納するタクシー事業会社中,最低額運賃を設定している法人タクシー事業者がかなりの割合を占めている(乙49,弁論の全趣旨)。
最低額運賃事業者の運送収入は,大阪市域の法人タクシーの平均とほぼ同水準であるが,そのために,最低額運賃事業者の方が,大阪市域の法人タクシー運転者よりも,実働1日1車当たりの総走行距離が長く,月間の労働時間が増加している(乙37~43)。
大阪市域の繁華街では,低額運賃を設定した車両が乗客の目のつきやすい場所で客待ちをし,それ以外の運転者においても,低額運賃の車両に乗客をとられるという焦燥感から無理な運行へと走らせる傾向がある(乙60,116,119,120)。
(ク) 大阪市域でのタクシーの交通事故の発生(考慮事項(c))
大阪市域において,タクシーが第一当事者である交通事故件数の全交通事故件数に占める割合は,平成13年は3.617%であったが,平成19年にかけてほぼ一貫して上昇し,同年は4.119%であった。また,大阪市域のタクシーに関する走行100万km当たりの事故件数は,平成16年において1万0296件であり,全国平均より約3割多かった。これら事故発生件数の多さは,大阪市域がタクシーの供給過剰地域であり,また運賃競争が極めて激しい地域であるため,過労運転を誘発しやすい状況にあることが一因であると考えられている(乙116,122)。
(ケ) 本件申請運賃は走行距離及び労働時間の著しい増加を来す(考慮事項(a))
証拠(乙5,70,82,113,116),弁論の全趣旨(控訴人の平成20年5月30日付け準備書面14頁~19頁)を総合すれば,次の事実が認められる。
a 大阪市域内で平均的タクシー事業者が採用している運賃体系(初乗運賃660円等)から本件申請に係る運賃体系(初乗運賃480円等)に値下げした場合に,値下げ前の売上高を維持するためには,実働1日1車当たりの総走行距離を約40%も増やす必要があり,タクシー運転者の1か月当たりの労働時間を約40%も増やす必要がある。
b ところが,タクシー運転者は歩合給賃金が主流であることから,その収入を維持するためには,走行距離及び労働時間を約40%も増やす必要があり,タクシー運転者の過労運転が常態化し,タクシー運転者への負担は計り知れないものとなる。しかも,大阪市域におけるタクシーの供給過剰状況を考えると,上記約40%もの総走行距離の増加は,実際上極めて困難であるといえる。
c また,タクシー運転者が走行距離及び労働時間を増やさない場合は,現行の収入を大きく減らすことになり,既にタクシー運転者の収入が年々減少している現状においては,一層重大な問題となる。
(コ) タクシー事業についての最近の状況等(考慮事項(g))
a 国土交通省自動車交通局「タクシー問題についての現時点での考え方」
平成20年7月の国土交通省自動車交通局「タクシー問題についての現時点での考え方」と題する資料(乙70)には,以下の記述がある。
(a) 健全な運賃競争は消費者の利益にかなう。それにより全体の需要の増加がもたらされれば,タクシー事業や運転者にも有益である。
他方,現実に行われているタクシー運賃の値下げ競争においては,必ずしも全体としての需要拡大は達成されておらず,低運賃による他社との旅客の奪い合いや運転者の賃金の低下がもたらされ,さらにそれに対抗するための運賃設定が行われることにより事態が深刻化している事例が多い。こうした競争の結果,その地域全体として,適切な賃金の確保等健全な経営を維持するための収入の確保が困難になっている場合や,そのために必要な運賃改定を見送らざるを得ない場合も多い。
その結果,1台あたりの収入の低下を通じ,①タクシー事業の収益基礎のさらなる悪化,②タクシー運転者の労働条件の悪化の深刻化,③違法・不適切な事業運営の助長などの問題を招いている。
(b) タクシー事業においては,その運送原価の70%以上が人件費であり,運送原価削減は人件費削減という形を取りやすい。その結果,供給の拡大や運賃引き下げに伴うリスクを相当程度タクシー運転者が負わされ,供給過剰や過度の運賃競争を促し,さらにそれがタクシー運転者の労働条件の低下等につながるという現象が生じている。
b 交通政策審議会「タクシー事業を巡る諸問題への対策について」
平成20年12月18日の交通政策審議会「タクシー事業を巡る諸問題への対策について」と題する答申(乙82)には,要旨以下の記述がある。
(a) 現在のタクシー事業については,地域によって状況や程度は異なるものの,①タクシー事業の収益基盤の悪化,②タクシー運転者の労働条件の悪化,③違法・不適切なタクシー事業運営の横行,④道路混雑等の交通問題,環境問題,都市問題,⑤利用者へのサービスが不十分等の問題がある。
(b) タクシー事業を巡る諸問題は,いくつかの原因が複合して発生していると考えられるが,その原因を大きく分けると,①タクシーの輸送人員の減少,②過剰な輸送力の増加,③過度な運賃競争,④タクシー事業の構造的要因(利用者の選択可能性の低さ,歩合制主体の賃金体系等)が挙げられるが,とりわけ①②の要因が相まって生じる供給過剰は,これらの問題を一層深刻化させる大きな原因となっている。
(c) 下限運賃(それぞれの地域において運賃の上限を下回っても不当な競争を引き起こすおそれがないと判断される運賃)を下回る運賃については,タクシー運転者の労働条件の更なる悪化,タクシー事業の収支基盤の著しい悪化や不当な競争を引き起こすおそれがあることが指摘されている。
このため,下限割れ運賃については,一律に禁止すべきとの意見もあるが,一方で,それが適正な原価で収支相償うものとして実施されるものであり,かつ,適正な経営が行われているものとすれば,一律に利用者に不利益をもたらすものとしてこれを禁じることは難しいとも考えられる。
そのため,下限割れ運賃を採用している事業者の経営実態を詳細に把握し,それぞれの地域において個々の運賃の適否を判断する必要がある。
エ 考慮事項(A)ないし(C)について
(ア) はじめに
以上を前提に考慮事項(A)ないし(C)について検討するが,以下においては,その便宜上,考慮事項(C)(B)(A)の順にこれを検討する。
(イ) 申請に係る運賃等を設定した当事者の意図(考慮事項(C))
a 被控訴人の意図
(a) 陳述書(乙6の2)の記載
被控訴人は,平成15年2月3日,近畿運輸局に対し,本件申請の趣旨等について記載した陳述書(乙6の2)を提出したが,同書には次の記載がある。
Ⅰ 現状を鑑みますと,とりわけ5000円超5割引車による影響が大に至り,昨年の12月26日などは夜間から深夜にかけてキタやミナミを中心に営業したにもかかわらず,回数18回,売上げ3万1380円,最高額3130円,1回当たり1743円という典型的な例を始め,申請人(注.被控訴人)の営業においても極端な客単価の低下が認められます。
こうなると,もはや筋や理想を通す環境になく,現実の環境に即し経営維持を考えなければならず,そのためには,野放し状態の違法営業に参加するか,理屈抜きの運賃競争に参加するしか道は無いというのもまた事実であります。もちろん,前者は否定しますが,そうなると運賃競争に参加し,勝ち残るしか道はありません。
Ⅱ しかし,申請人とすれば,あくまで5000円超5割引を批判し反対しますので,運賃競争が収束し正常化するまでの過渡的手段として,両方を採用することと致しました。
これが吉と出るか凶と出るかは未知数の部分がありますが,幸い,私たち個人タクシーは,社屋や非乗務員など余分なお荷物を抱えておりませんので,ここで底力を見せ,Dが1.8km500円にこだわったように,法人が付いて来れないところまですることによって,必ずや勝利とともに,その向こうに正常化があると確信します。
安売り競争に参加するなら,法人の追随を許さない設定が必要であると考えました。「個人を本気で怒らせたら,法人は着いて来れないよ」と言うところ迄やって,願わくば不毛の争いに終止符を打ちたいものです。
Ⅲ 申請人は,不毛の安売り競争に終止符を打つことを望み,それは,貴局(注.近畿運輸局)を始め業界,事業者,そして利用者や社会の要請に背くものであるとは考えておらず,むしろ有益なことであると確信しております。
こういう極端なことをする者(注.初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする者)の出現により,業界が自発的に自粛し,また,一時的に混乱が生じても,それをもって行政の適切な線引きとコントロールの端緒にと願うものであります。決して,貴局と対抗し,対立する意図のあるものではないことを合わせて申し添えさせていただきます。
(初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とすることについて),認可をいただけることになっても,こう言った運賃を長く続けることは利口な選択とは思えず,(運賃値下げ競争が)収束に向かう動きが感じられたら,早い段階で中止したいと考えております。
(b) 審査請求書(乙9)の記載
また,被控訴人は,平成16年4月12日,本件却下処分の取消しを求めて審査請求をしたが,その審査請求書(乙9)には,次の記載がある。
Ⅰ 原則的にタクシーは選べないものであるから,無線や予約等固定客に特化した事業者でない限り,安易に価格競争のみを激化させることは決して得策とは考えていないところである。昨今の過当競争の中,ルールを無視し,秩序を乱し,なりふり構わぬ営業が常態化する中,不毛の競争と感じつつも,そこに参戦せざるを得ない状況に追い込まれたと強く感じるところである。
Ⅱ 低額運賃が,違法抜け駆け営業の手段とされるばかりではなく,過重労働により安全性の担保を損ない,そこに従事する者の権利を侵害し,その生活をも破壊しているにもかかわらず,それに対する行政の対策がほとんど無い事へ強い憤りを覚えるものである。
Ⅲ 業界への指導監督,業務の適正化が長年にわたって実効性のある策が講じられないまま放置されていることは行政の不作為であり,その改善が今後とも期待できないので,本件申請(注.初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする運賃認可申請)に及んだものであり,本件申請を行うこと自体不本意であると感じているところでもある。
(c) 検討
Ⅰ 上記(a)(b)によれば,被控訴人が本件申請(初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする運賃認可申請)をした意図は,採算的に非常に苦しい運賃を敢えて設定することにより,他の事業者,特に低額運賃の設定が容易でない法人タクシー事業者との競争を有利に運ぼうとするところにあるといわざるを得ない。本件申請は,原価や利潤を度外視した運賃設定を行って,理屈抜きの運賃競争に参加し,他の事業者,ことにそのような運賃設定をすることができない法人事業者の事業活動を阻止しようとするものというべきである。
Ⅱ 被控訴人は上記意図を否定するが,上記(a)(b)で認定したところからすると,被控訴人は,自身においても,現状の安売り競争,過当競争により,ルールを無視し,秩序を乱し,なりふり構わぬ営業が常態化しているとの認識を有し,また,タクシー業界におけるこの現状が,安全性の担保を損ない,そこに従事する者の権利を侵害し,その生活をも破壊していることを自覚した上で,吉と出るか凶と出るかは未知数の部分があることを認識しつつ,法人が追随することができない極端な低額運賃(初乗り運賃480円,運賃5000円を超えると5割引とする運賃。大阪市域でこれまで認可されている最低運賃を更に下回る運賃)を設定して,安売り競争に参加しようというのであるから,その主張は採用できない。
被控訴人は,他方では,こういった極端な低額運賃を長く続けることは利口な選択とは思えず,早い段階で中止したいとも述べているが,このことによって,上記認定にかかる被控訴人の意図が否定されるものではない。
Ⅲ 被控訴人(昭和36年7月生)は,本件申請(平成14年11月)当時,親元の近くに住み41歳の独身であり,自宅を事務所に保険代理店を営んでおり,若干(小遣い程度)の代理店収入があった(前記ウ(オ)3文)。被控訴人は,本件申請に係るタクシー運賃での個人タクシー営業を長期間続けるつもりはなく,早い時点で中止したいと考えていた(前記(a)Ⅲ3文)。
被控訴人は,家族がなく妻子の生活費を心配しなければならない立場にはなく,保険代理店からの若干の収入もあり,親元近くに住んでいたことから,少しの金額であれば親からの援助も期待できることから,短期間であれば原価や利潤を度外視した運賃設定を行っても生活していけると考え,本件申請をしたものと思われる。
b 近畿運輸局長の意図
(a) 近畿運輸局長は,前判決の趣旨に従い,前判決が指摘した前記イ1文の各考慮事項を考慮して,本件申請を認可した場合には,「他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等による運送の安全の確保を損なうことになるような不当な値下げ競争を引き起こす具体的おそれ」があると認め,道路運送法9条の3第2項3号に規定する「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」の要件を充足しないと判断して,本件再却下処分をしたと認められる。この経過に,近畿運輸局長が考慮すべきでない事項を考慮したなどの不当な意図が存在するとは認められない。
(b) なお,原判決は,「近畿運輸局長は,その運賃認可の運用として500円を初乗運賃の最低額ラインとして強く意識していることが窺われるが,道路運送法9条の3第2項3号の要件に適合するか否かを判断する上において,不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれの有無を個別に判断することなく,初乗運賃500円という最低額ラインを設定することは,道路運送法の解釈を離れたものといわざるを得ず,これもまた重視すべきでない事情をことさら重視する誤った運用である。」と判示する。
確かに,本件申請は,初乗運賃480円という,これまでの初乗運賃の最低額である500円のラインを下回る運賃を設定するものであり(前記ウ(ア)a),このことの故に,近畿運輸局長がその認可の可否を慎重に判断したことは認められる(弁論の全趣旨)。
しかし,本件再却下処分の経過は上記(a)のとおりであり,近畿運輸局長が,不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれの有無を個別に判断することなく,初乗運賃500円という最低額ラインを設定して,本件申請がそれを下回る運賃額であるとの理由のみから本件再却下処分をしたとは認められない。
現に,本件再却下処分の却下状(甲22)では,本件再却下処分の理由として,本件申請に係る運賃が初乗運賃480円であることについては一切触れられていないのであり,上記判示は相当でない。
(ウ) 当該事業者の市場の中での位置付け(考慮事項(B))
a 被控訴人の営業形態が個人タクシー事業であること(前記ウ(オ)),平成19年3月末時点の大阪府下の個人タクシーの車両数は,全体の19%程度であること(前記ウ(カ))からすると,本件申請にかかる運賃設定による市場への影響は,一見少ないと判断する余地があるようにも窺える。
しかし,被控訴人の営業区域である大阪市域はタクシーの供給過剰という状態にあり,大阪市域はタクシー事業者の競争が極めて激しい地域であるといえること,最低額運賃を設定する車両は,新規参入事業者を中心として平成16年以後順次増加していることなど,前記ウ(カ)(キ)で認定した事実を考慮すると,大阪市域では,新規参入事業者及び最低額運賃事業者における運賃の値下げ圧力は相当程度存在することが推認されるから,本件申請にかかる運賃(これまで大阪市域で認可されていた最低運賃を更に下回る運賃)が認可される場合は,その影響を強く受け,これに追随する動きが生ずることが予想されるというべきである。
b 大阪市域はタクシー事業者の運賃競争が極めて激しい地域であるうえ,平成6年度から平成16年度にかけて,大阪府内の法人タクシーの実働1日1車あたりの運送収入は約3割減少し,その実車率も10ポイント程度減少していること,大阪府内のタクシー運転者の月額平均賃金は全産業の男性労働者平均の3分の2程度であり,平成6年から平成16年までの10年間の賃金の減少の割合は,大阪府下における全産業労働者の平均賃金の減少割合の7倍程度にも及ぶことなどの事実が認められる一方で,現実に行われている運賃競争の結果は,1台あたりの収入の低下を生じさせ,さらにこのことが,タクシー事業の収益基礎のさらなる悪化,労働条件の悪化の深刻化,違法・不適切な事業運営の助長などの問題を招いていると指摘され,また大阪市域における交通事故件数が多いことの一因と考えられていることは,いずれも前記ウ(エ)(カ)(キ)(ク)(ケ)で検討したとおりである。
c 大阪市域では,平成14年の規制緩和以降,多種多様なタクシー運賃が出現し,タクシー事業者間の競争意識を激化させ,初乗運賃500円を設定した車両が増加の一途をたどり,繁華街等のタクシー乗場で順番を待って乗客を乗車させるのではなく,無秩序に客待ちや一般道路で徐行するなどの混乱が生じやすい状況となっている(前記ウ(カ)4文)。
また,大阪市域では,運賃競争が激しく,車両数の増加が著しく需給ギャップが拡大していること,交通事故件数が全国平均よりも高いこと,タクシー運転者の労働条件の悪化等を通じたタクシー輸送の安全及び旅客の利便の低下を招く懸念が生じていたことから,近畿運輸局長は,平成19年12月14日,大阪市域を準特定特別監視地域として個別指定し,タクシー事業への新規参入や既存業者のタクシー増車を抑制する方針を打ち出した(前記ウ(カ)5文)。
さらに,近畿管区行政評価局は,大阪地域は,「大阪タクシー戦争」と称されるほど乗客獲得競争が激化し,タクシー運転者の無理な長時間労働や収入の減少など労働環境が悪化していることから,タクシー運転者の加重労働等によりタクシー利用者の輸送の安全が脅かされるおそれがあるとして,平成19年10月から11月にかけて,タクシー事業者における運転者の過労防止等の運行管理及び労働条件の実態,行政機関における指導監督の実施状況等の調査を行っている(前記ウ(カ)6文)。
(エ) 必要とされる原価を下回るか(考慮事項(A))
a はじめに
本件申請に係る運賃は,初乗りが480円,料金5000円を超えると5割引であり,これまで大阪市域で認可されていた最低運賃を更に下回る運賃であるところ(前記ウ(ア)a),この運賃は,被控訴人が個人タクシー事業を運営するのに充分な能率を発揮して,合理的な経営をしている場合において必要とされる原価を下回るものであるか否か,すなわち,上記場合において必要とされる原価を償わない,採算を度外視した運賃であると認められるか否かについて,以下検討する。
b 被控訴人の個人タクシー事業の運送収支
(a) 近畿運輸局長がした本件申請の査定の妥当性
Ⅰ 近畿運輸局長は,本件申請について,前記ウ(イ)cのとおり査定した。本件申請との収支率のかい離,収支率のかい離が生じた原因は,前記ウ(ウ)a,bのとおりである。
この点について,被控訴人は,「法人事業者については労使間合意による標準人件費の排除を認めておきながら,個人事業者についてその基準を一律に適用することは不公平な取り扱いであり,合理性がない。」と主張するので,以下検討する。
Ⅱ 一般にタクシー事業においては人件費がコストの大半を占めるものであり,運賃の設定及び変更の認可基準の設定に当たっては,特に人件費について適正な水準を反映させることが必要と考えられるところ(乙25の1枚目),個人タクシー事業者においては,事業主たる運転手がその事業内容を自在に決定でき,人件費を規定する制度的な枠組みがないことから,場合によって,これを極端な低額に抑えることによって,法人タクシー事業者が実施することができない低額の運賃を設定することも可能になる。
そこで,審査基準公示(乙4)が,個人タクシー事業者と法人タクシー事業者との競争条件の均衡を保つため,人件費について,申請者の運転者1人当たり平均給与額が原価計算対象事業者の運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件費)の10%を超えて下回っているときは,一定の場合を除いて,標準人件費を10%下回る額で査定すると定めている(乙4-20頁1項)のである。上記審査基準公示の定めは合理的な考えであって,不合理な定めであるなどとは到底いえない。
しかも,審査基準公示による運賃変更申請の認可における道路運送法9条の3第2項3号の要件充足性の判断は,当該申請にかかる運賃等の額が運賃査定額に満たないときに,その変更を一律に認可しないという形式的,画一的な取り扱いを定める趣旨のものではなく,最終的な認可の可否は,近畿運輸局長において,当該申請による運賃等を設定することによる労働条件への影響等を含めて,当該申請が道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすおそれがないものであること」を始め,同項各号の要件を充足するものであるか否かを個別具体的に審査,判断すべきことを定める趣旨のものと解すべきことも勘案すると,審査基準公示の上記人件費の扱いが不公平であり合理性がないとする,被控訴人の主張を採用することができないことは一層明らかである。
Ⅲ したがって,近畿運輸局長が,本件再却下処分の査定において本件申請とのかい離率を18%弱と認め,被控訴人の平年度(平成15年度)の個人タクシー事業は,運送収入417万8000円に対して,運送原価は507万2000円であり,89万4000円の赤字であるとした査定に誤りはない。
(b) まとめ
以上の次第で,被控訴人が本件申請に係る運賃で個人タクシー事業を遂行すれば,前記ウ(イ)cのとおり,被控訴人の平年度(平成15年度)の個人タクシー事業の運送収支は,運送収入417万8000円に対して,運送原価は507万2000円であることから,89万4000円の赤字となると認めるのが相当である。
c 本件申請をした被控訴人の意図
本件申請をした被控訴人の意図は,前記エ(イ)a(c)のとおりである。
被控訴人は,本件申請(初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする運賃認可申請)をして,原価や利潤を度外視した運賃額を提示して理屈抜きの運賃競争に参加し,採算的に非常に苦しい運賃を敢えて設定することにより,他の事業者,特に低額運賃の設定が容易でない法人タクシー事業者との競争を有利に運ぼうと考えた。被控訴人自身も,本件申請に係る運賃を長く続けることは利口な選択とは思っておらず,運賃値下げ競争が収束に向かう動きが感じられたら早い段階で中止したいと考えていた。
被控訴人は,本件申請当時,タクシー運賃の安売り競争,過当競争により,ルールを無視し,秩序を乱し,なりふり構わぬタクシー営業が常態化しているとの認識を有し,また,タクシー業界におけるこの現状が,安全性の担保を損ない,そこに従事する者の権利を侵害し,その生活をも破壊していることを自覚していた。それにもかかわらず,被控訴人は,法人タクシーが追随することができない極端な低額運賃(初乗り運賃480円,運賃5000円を超えると5割引とする運賃。大阪市域でこれまで認可されている最低運賃を更に下回る運賃)を設定して,安売り競争に参加しようと決意して,本件申請に及んだものである。
d まとめ
(a) 以上の認定判断を総合すると,本件申請に係る運賃(初乗りが480万円,料金5000円を超えると5割引であり,これまで大阪市域で認可されていた最低運賃を更に下回る運賃)は,被控訴人が個人タクシー事業を運営するのに充分な能率を発揮して,合理的な経営をしている場合において必要とされる原価を下回るものであり,上記場合において必要とされる原価を償わない,採算を度外視した運賃であると認めるのが相当である。
(b) 確かに,大阪市域において最低額運賃(初乗運賃を500円とし,遠距離割引5000円超5割引を併用する運賃)を設定した車両数は,平成19年3月末で1472両(全体の6.4%)に及ぶと認められる(前記ウ(キ)1文)ところ,本件申請に係る運賃は,最低額運賃中の初乗運賃をわずか20円下回るだけである。
(c) しかし,次のⅠ,Ⅱの事実に照らすと,上記(b)の最低額運賃を設定した車両の存在によって,本件申請に係る運賃が能率的な経営の下における適正な原価を償わない,とする上記(a)の認定が覆るものとはいえない。
Ⅰ 本件申請に係る運賃では,被控訴人の年間収入がわずか203万6000円(410万7000円-399万1000円+192万円〔前記ウ(ア)b(c)参照〕)にしかならず,この収入だけでは,独身者はともかくとして,家族がいる者であれば生活していけない金額であること。
Ⅱ 被控訴人自身が,本件申請をした時点で,本件申請に係る運賃は原価や利潤を度外視した金額であり,この運賃額を提示して理屈抜きの運賃競争に参加し,採算的に非常に苦しい運賃を敢えて設定することにより,他のタクシー事業者との競争を有利に運ぼうと考えていたこと(前記c)。
*******前のブログの大阪高裁 判決文の該当箇所******
ウ 前提となる考慮事項(考慮事項(a)ないし(g))について
(ア) 本件申請の内容
a 運賃額
本件申請に係る運賃は,初乗りが480円,料金5000円を超えると5割引であり,これまで大阪市域で認可されていた最低運賃(初乗りが500円,料金5000円を超えると5割引)を更に下回る運賃である(甲3,乙8の6,乙9)。
なお,大阪市域の平均的タクシー事業者が採用している初乗運賃は660円である(弁論の全趣旨〔控訴人の平成20年5月30日付け準備書面17頁(c)参照〕)。
b 収支見積
本件申請にかかる申請書(平成14年11月26日受付一般乗用旅客自動車運送事業の運賃及び料金変更認可申請書。甲3)には,被控訴人の実績年度(平成13年度),翌年度(平成14年度)及び平年度(平成15年度)の収支見積書が添付されていた。その内容は次の(a)ないし(c)のとおりである。
(a) 実績年度(平成13年度)
運送収入 311万2000円
運送原価 303万0000円
(内訳)
人件費 144万0000円
燃料油脂費 22万8000円
車両修繕費 13万8000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 93万0000円
収支率 102.7%
(b) 翌年度(平成14年度)
運送収入 384万5000円
運送原価 375万2000円
(内訳)
人件費 168万0000円
燃料油脂費 28万2000円
車両修繕費 16万1000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 133万5000円
収支率 102.5%
(c) 平年度(平成15年度)
運送収入 410万7000円
運送原価 399万1000円
(内訳)
人件費 192万0000円
燃料油脂費 38万2000円
車両修繕費 17万0000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 122万5000円
収支率 102.9%
(イ) 近畿運輸局長の査定
a はじめに
本件申請にかかる運賃等は,審査基準公示の自動認可運賃に該当せず,かつ運賃の値上げである運賃改定を伴わない運賃及び料金にかかる申請であったので,近畿運輸局長は,実績年度(平成13年度)の被控訴人の個人タクシー事業の運送原価及び運送収入を基に,平年度(平成15年度)における被控訴人の運送原価及び運送収入を査定した。その査定の結果は,本件却下処分時及び本件再却下処分時について,それぞれ次のb,cのとおりであった。
なお,本件再却下処分時の査定結果は,本件却下処分時の査定の計算過程に一部誤りがあったことから,これを補正したものである(弁論の全趣旨)。
b 本件却下処分の査定
近畿運輸局長は,本件却下処分(平成16年2月13日)では,本件申請について,次のとおり査定した(乙8の6)。
(a) 運送収入 416万9000円
(b) 運送原価 505万4000円
(内訳)
人件費 325万1000円
燃料油脂費 36万2000円
車両修繕費 22万7000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 92万0000円
(c) 収支率 82.49%
c 本件再却下処分の査定
近畿運輸局長は,本件再却下処分(平成20年2月27日)では,本件申請について,次のとおり査定した(甲22,弁論の全趣旨)。
(a) 運送収入 417万8000円
(b) 運送原価 507万2000円
(内訳)
人件費 325万1000円
燃料油脂費 36万2000円
車両修繕費 22万7000円
車両償却費 29万4000円
その他運送費 93万8000円
(c) 収支率 82.37%
(d) 当裁判所の補足説明
Ⅰ 収支率82.37%というのは,運送原価100円に対して,運送収入は82.37円ということであり,17.63円の赤字ということである。
Ⅱ 近畿運輸局長は,被控訴人の平年度(平成15年度)の個人タクシー事業は,運送収入417万8000円に対して,運送原価は507万2000円であり,89万4000円の赤字であると査定した。
Ⅲ 近畿運輸局長が上記のように査定した最大の原因は,本件申請では,人件費を192万円としていたが(前記(ア)b(c)),これを325万1000円に補正したことによる。
(ウ) 本件申請についての収支率のかい離等(考慮事項(a))
a 収支率のかい離
近畿運輸局長の査定では,上記(イ)c(a)~(c)のとおり,実績年度(平成13年度)の被控訴人の運送原価及び運送収入を基に,平年度(平成15年度)における被控訴人の運送原価及び運送収入を査定すると,平年度の収支率は82.37%(4,178,000÷5,072,000)であり(なお,査定結果について,本件却下処分時のものは,計算過程に一部誤りがあること上記(イ)aのとおりであるから,検討においては,本件再却下処分時のものを採用する。以下も同じ。),そのかい離の程度は18%弱となることが認められる。
また,近畿運輸局長の査定では,本件申請における被控訴人の月額人件費16万円(年額192万円,甲3)を採用せず,原価計算対象事業者29社の運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件費)30万0999円を10%下回る額である27万0899円とした(乙8の6-4枚目)。そのかい離の程度は約40%である。
b 収支率のかい離が生じた原因
審査基準公示は,申請者の運転者1人当たり平均給与額が原価計算対象事業者の運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件費)の10%を超えて下回っているときは,一定の場合を除いて,標準人件費を10%下回る額で人件費を査定すると定めている(乙4-20頁1項)。
近畿運輸局長の人件費の査定(上記a2文)は,審査基準公示の上記定めに従い,本件申請では人件費が年額192万円(月額16万円)とされていたのに対し,標準人件費を10%下回る年額325万1000円として行われた。
本件申請にかかる運賃等の額の運賃査定額からのかい離の程度が上記a1文のとおり18%弱に及んだ最大の理由は,被控訴人の人件費を上記のとおり標準人件費を10%下回る値で査定したことにある。
(エ) 大阪市域のタクシー運転者の賃金(考慮事項(f))
証拠(乙33の1・2,34の1・2,35)によれば,大阪府内のタクシー運転者の月額平均賃金(賞与を含む)は,平成16年度は25万6650円,平成18年度は27万3175円で,全産業の男性労働者平均の3分の2程度であったことが認められ,また,平成6年から平成16年までの10年間で,大阪府下における全産業労働者の平均賃金が4%程度減少したのに対し,タクシー労働者の平均賃金の減少割合は28.4%に及ぶことが認められる。
(オ) 被控訴人の営業形態等(考慮事項(d))
被控訴人は,事業区域を大阪市,豊中市,吹田市,守口市,門真市,東大阪市,八尾市,堺市及び大阪国際空港(池田市のうち空港地域に限る。),使用する事業用自動車を1両などとして,一般乗用旅客自動車運送事業の許可を受け,個人タクシー事業を営む者である(前記第2の3(1)で原判決5頁(1)アを引用して認定した事実)。
個人タクシー事業には,事業主である運転者がその事業内容を自在に設定できるという特性や,年金生活等生活の中で事業運営を行っていくことができるという特性がある(弁論の全趣旨〔控訴人の平成20年5月30日付け準備書面20頁⑤参照〕)。
被控訴人(昭和36年7月生)は,本件申請(平成14年11月)当時,親元の近くに住み41歳の独身であり,自宅を事務所に保険代理店を営んでおり,若干(小遣い程度)の代理店収入があった(被控訴人本人調書17頁)。
(カ) 大阪市域のタクシー市場(考慮事項(b)(c)(e))
運賃適用地域である大阪市域は,流し営業が成り立つ都市部の人口密集地域である(弁論の全趣旨〔控訴人の平成20年5月30日付け準備書面19頁④(イ)参照〕)。平成19年3月末時点の大阪府下のタクシー車両数(セダン・特定大型)は,全体で2万3089台であり,うち1人1車制の個人タクシー事業者の車両数は19%に相当する4406両であった。法人タクシー台数はその余の1万8683両ということになるが,法人タクシーに属する運転者数は2万8628名であった(乙27)。
大阪府内の法人タクシーの実働1日1車あたりの運送収入は,平成6年度で4万1766円であったが,平成16年度では2万8927円となり,この10年で約3割減少した(乙30)。これは,平成16年度における東京都(特別区・武三交通圏)のタクシーの実働1日1車あたりの運送収入が4万8115円であった(乙31)のに比べて,大きく下回る実情であった。また,大阪府内の法人タクシーの実車率は平成16年度で39.5%であり,平成6年度から約10ポイントも減少していた(乙30)。
平成12年度において,大阪市域交通圏では3546両の供給過剰となっているが,この台数の基準車両数に対する割合は44%で,これは近畿においては神戸市域交通圏に次いで高い数値であった(乙32)。
大阪市域では,平成14年の規制緩和以降,多種多様なタクシー運賃が出現し,タクシー事業者間の競争意識を激化させ,初乗運賃500円を設定した車両が増加の一途をたどり,繁華街等のタクシー乗場で順番を待って乗客を乗車させるのではなく,無秩序に客待ちや一般道路で徐行するなどの混乱が生じやすい状況となっている。(乙60,116,119,120,弁論の全趣旨)。
大阪市域では,運賃競争が激しく,車両数の増加が著しく需給ギャップが拡大していること,交通事故件数が全国平均よりも高いこと,タクシー運転者の労働条件の悪化等を通じたタクシー輸送の安全及び旅客の利便の低下を招く懸念が生じていたことから,近畿運輸局長は,平成19年12月14日,大阪市域を準特定特別監視地域として個別指定し,タクシー事業への新規参入や既存業者のタクシー増車を抑制する方針を打ち出した(乙50~52,弁論の全趣旨)。
近畿管区行政評価局は,大阪地域は,「大阪タクシー戦争」と称されるほど乗客獲得競争が激化し,タクシー運転者の無理な長期間労働や収入減少など労働環境が悪化していることから,タクシー運転者の加重労働等によりタクシー利用者の輸送の安全が脅かされるおそれがあるとして,平成19年10月から11月にかけて,タクシー事業者における運転者の過労防止等の運行管理及び労働条件の実態,行政機関における指導監督の実施状況等の調査を行っている(乙53,54)。
(キ) 大阪市域で最低額運賃を設定した事業者の動向(考慮事項(b)(c))
大阪市域において最低額運賃(初乗運賃を500円とし,遠距離割引5000円超5割引を併用する運賃)を設定した車両数は,平成16年2月13日に434両(全体の1.9%)であったが,平成17年9月末には876両(同3.9%),平成19年3月末には1472両(同6.4%),平成20年1月末には1756両(同7.7%)となっている(乙45ないし47,弁論の全趣旨)。大阪市域は低額運賃への追随傾向が認められ,運賃競争が極めて激しい地域であるということができる。
上記最低額運賃による運賃は,一層の経費節減と輸送回数の増加や実車率の伸び等により収支を償おうとするものであるところ,近畿運輸局長は,事業者の経営努力により,そのような経営の効率化,事業の伸びを見込むことができると判断し,事業者の経営判断を尊重してその認可を行った。ただし,その認可に際しては,不当な競争を引き起こすような状況が生じていないかなど,事業の状況について検証する必要があるとの配慮から,6か月ないし1年の期限を付し,さらに事業者において1か月毎の輸送実績等を報告することを認可の条件としていた(乙17ないし20〔枝番のあるものは枝番を含む。〕,116)。
最低額運賃を設定した法人タクシー事業者は,ほぼ新規参入業者に限られている(乙57)。最低額運賃を設定している法人タクシー事業者の中には,燃料費,修繕費等の事業運営経費を運転者が負担しているとの指摘が寄せられる者や,運行管理体制が不十分であること等を理由に営業所の停止処分を受けた者が存在する(乙48)。また,初乗運賃を500円,540円,550円としていたタクシー事業者のうちには,収支が償わなくなったこと等を理由として,自動認可運賃に変更した例がある(乙58)。社会保険,労働保険,任意保険,消費税を未納するタクシー事業会社中,最低額運賃を設定している法人タクシー事業者がかなりの割合を占めている(乙49,弁論の全趣旨)。
最低額運賃事業者の運送収入は,大阪市域の法人タクシーの平均とほぼ同水準であるが,そのために,最低額運賃事業者の方が,大阪市域の法人タクシー運転者よりも,実働1日1車当たりの総走行距離が長く,月間の労働時間が増加している(乙37~43)。
大阪市域の繁華街では,低額運賃を設定した車両が乗客の目のつきやすい場所で客待ちをし,それ以外の運転者においても,低額運賃の車両に乗客をとられるという焦燥感から無理な運行へと走らせる傾向がある(乙60,116,119,120)。
(ク) 大阪市域でのタクシーの交通事故の発生(考慮事項(c))
大阪市域において,タクシーが第一当事者である交通事故件数の全交通事故件数に占める割合は,平成13年は3.617%であったが,平成19年にかけてほぼ一貫して上昇し,同年は4.119%であった。また,大阪市域のタクシーに関する走行100万km当たりの事故件数は,平成16年において1万0296件であり,全国平均より約3割多かった。これら事故発生件数の多さは,大阪市域がタクシーの供給過剰地域であり,また運賃競争が極めて激しい地域であるため,過労運転を誘発しやすい状況にあることが一因であると考えられている(乙116,122)。
(ケ) 本件申請運賃は走行距離及び労働時間の著しい増加を来す(考慮事項(a))
証拠(乙5,70,82,113,116),弁論の全趣旨(控訴人の平成20年5月30日付け準備書面14頁~19頁)を総合すれば,次の事実が認められる。
a 大阪市域内で平均的タクシー事業者が採用している運賃体系(初乗運賃660円等)から本件申請に係る運賃体系(初乗運賃480円等)に値下げした場合に,値下げ前の売上高を維持するためには,実働1日1車当たりの総走行距離を約40%も増やす必要があり,タクシー運転者の1か月当たりの労働時間を約40%も増やす必要がある。
b ところが,タクシー運転者は歩合給賃金が主流であることから,その収入を維持するためには,走行距離及び労働時間を約40%も増やす必要があり,タクシー運転者の過労運転が常態化し,タクシー運転者への負担は計り知れないものとなる。しかも,大阪市域におけるタクシーの供給過剰状況を考えると,上記約40%もの総走行距離の増加は,実際上極めて困難であるといえる。
c また,タクシー運転者が走行距離及び労働時間を増やさない場合は,現行の収入を大きく減らすことになり,既にタクシー運転者の収入が年々減少している現状においては,一層重大な問題となる。
(コ) タクシー事業についての最近の状況等(考慮事項(g))
a 国土交通省自動車交通局「タクシー問題についての現時点での考え方」
平成20年7月の国土交通省自動車交通局「タクシー問題についての現時点での考え方」と題する資料(乙70)には,以下の記述がある。
(a) 健全な運賃競争は消費者の利益にかなう。それにより全体の需要の増加がもたらされれば,タクシー事業や運転者にも有益である。
他方,現実に行われているタクシー運賃の値下げ競争においては,必ずしも全体としての需要拡大は達成されておらず,低運賃による他社との旅客の奪い合いや運転者の賃金の低下がもたらされ,さらにそれに対抗するための運賃設定が行われることにより事態が深刻化している事例が多い。こうした競争の結果,その地域全体として,適切な賃金の確保等健全な経営を維持するための収入の確保が困難になっている場合や,そのために必要な運賃改定を見送らざるを得ない場合も多い。
その結果,1台あたりの収入の低下を通じ,①タクシー事業の収益基礎のさらなる悪化,②タクシー運転者の労働条件の悪化の深刻化,③違法・不適切な事業運営の助長などの問題を招いている。
(b) タクシー事業においては,その運送原価の70%以上が人件費であり,運送原価削減は人件費削減という形を取りやすい。その結果,供給の拡大や運賃引き下げに伴うリスクを相当程度タクシー運転者が負わされ,供給過剰や過度の運賃競争を促し,さらにそれがタクシー運転者の労働条件の低下等につながるという現象が生じている。
b 交通政策審議会「タクシー事業を巡る諸問題への対策について」
平成20年12月18日の交通政策審議会「タクシー事業を巡る諸問題への対策について」と題する答申(乙82)には,要旨以下の記述がある。
(a) 現在のタクシー事業については,地域によって状況や程度は異なるものの,①タクシー事業の収益基盤の悪化,②タクシー運転者の労働条件の悪化,③違法・不適切なタクシー事業運営の横行,④道路混雑等の交通問題,環境問題,都市問題,⑤利用者へのサービスが不十分等の問題がある。
(b) タクシー事業を巡る諸問題は,いくつかの原因が複合して発生していると考えられるが,その原因を大きく分けると,①タクシーの輸送人員の減少,②過剰な輸送力の増加,③過度な運賃競争,④タクシー事業の構造的要因(利用者の選択可能性の低さ,歩合制主体の賃金体系等)が挙げられるが,とりわけ①②の要因が相まって生じる供給過剰は,これらの問題を一層深刻化させる大きな原因となっている。
(c) 下限運賃(それぞれの地域において運賃の上限を下回っても不当な競争を引き起こすおそれがないと判断される運賃)を下回る運賃については,タクシー運転者の労働条件の更なる悪化,タクシー事業の収支基盤の著しい悪化や不当な競争を引き起こすおそれがあることが指摘されている。
このため,下限割れ運賃については,一律に禁止すべきとの意見もあるが,一方で,それが適正な原価で収支相償うものとして実施されるものであり,かつ,適正な経営が行われているものとすれば,一律に利用者に不利益をもたらすものとしてこれを禁じることは難しいとも考えられる。
そのため,下限割れ運賃を採用している事業者の経営実態を詳細に把握し,それぞれの地域において個々の運賃の適否を判断する必要がある。
エ 考慮事項(A)ないし(C)について
(ア) はじめに
以上を前提に考慮事項(A)ないし(C)について検討するが,以下においては,その便宜上,考慮事項(C)(B)(A)の順にこれを検討する。
(イ) 申請に係る運賃等を設定した当事者の意図(考慮事項(C))
a 被控訴人の意図
(a) 陳述書(乙6の2)の記載
被控訴人は,平成15年2月3日,近畿運輸局に対し,本件申請の趣旨等について記載した陳述書(乙6の2)を提出したが,同書には次の記載がある。
Ⅰ 現状を鑑みますと,とりわけ5000円超5割引車による影響が大に至り,昨年の12月26日などは夜間から深夜にかけてキタやミナミを中心に営業したにもかかわらず,回数18回,売上げ3万1380円,最高額3130円,1回当たり1743円という典型的な例を始め,申請人(注.被控訴人)の営業においても極端な客単価の低下が認められます。
こうなると,もはや筋や理想を通す環境になく,現実の環境に即し経営維持を考えなければならず,そのためには,野放し状態の違法営業に参加するか,理屈抜きの運賃競争に参加するしか道は無いというのもまた事実であります。もちろん,前者は否定しますが,そうなると運賃競争に参加し,勝ち残るしか道はありません。
Ⅱ しかし,申請人とすれば,あくまで5000円超5割引を批判し反対しますので,運賃競争が収束し正常化するまでの過渡的手段として,両方を採用することと致しました。
これが吉と出るか凶と出るかは未知数の部分がありますが,幸い,私たち個人タクシーは,社屋や非乗務員など余分なお荷物を抱えておりませんので,ここで底力を見せ,Dが1.8km500円にこだわったように,法人が付いて来れないところまですることによって,必ずや勝利とともに,その向こうに正常化があると確信します。
安売り競争に参加するなら,法人の追随を許さない設定が必要であると考えました。「個人を本気で怒らせたら,法人は着いて来れないよ」と言うところ迄やって,願わくば不毛の争いに終止符を打ちたいものです。
Ⅲ 申請人は,不毛の安売り競争に終止符を打つことを望み,それは,貴局(注.近畿運輸局)を始め業界,事業者,そして利用者や社会の要請に背くものであるとは考えておらず,むしろ有益なことであると確信しております。
こういう極端なことをする者(注.初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする者)の出現により,業界が自発的に自粛し,また,一時的に混乱が生じても,それをもって行政の適切な線引きとコントロールの端緒にと願うものであります。決して,貴局と対抗し,対立する意図のあるものではないことを合わせて申し添えさせていただきます。
(初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とすることについて),認可をいただけることになっても,こう言った運賃を長く続けることは利口な選択とは思えず,(運賃値下げ競争が)収束に向かう動きが感じられたら,早い段階で中止したいと考えております。
(b) 審査請求書(乙9)の記載
また,被控訴人は,平成16年4月12日,本件却下処分の取消しを求めて審査請求をしたが,その審査請求書(乙9)には,次の記載がある。
Ⅰ 原則的にタクシーは選べないものであるから,無線や予約等固定客に特化した事業者でない限り,安易に価格競争のみを激化させることは決して得策とは考えていないところである。昨今の過当競争の中,ルールを無視し,秩序を乱し,なりふり構わぬ営業が常態化する中,不毛の競争と感じつつも,そこに参戦せざるを得ない状況に追い込まれたと強く感じるところである。
Ⅱ 低額運賃が,違法抜け駆け営業の手段とされるばかりではなく,過重労働により安全性の担保を損ない,そこに従事する者の権利を侵害し,その生活をも破壊しているにもかかわらず,それに対する行政の対策がほとんど無い事へ強い憤りを覚えるものである。
Ⅲ 業界への指導監督,業務の適正化が長年にわたって実効性のある策が講じられないまま放置されていることは行政の不作為であり,その改善が今後とも期待できないので,本件申請(注.初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする運賃認可申請)に及んだものであり,本件申請を行うこと自体不本意であると感じているところでもある。
(c) 検討
Ⅰ 上記(a)(b)によれば,被控訴人が本件申請(初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする運賃認可申請)をした意図は,採算的に非常に苦しい運賃を敢えて設定することにより,他の事業者,特に低額運賃の設定が容易でない法人タクシー事業者との競争を有利に運ぼうとするところにあるといわざるを得ない。本件申請は,原価や利潤を度外視した運賃設定を行って,理屈抜きの運賃競争に参加し,他の事業者,ことにそのような運賃設定をすることができない法人事業者の事業活動を阻止しようとするものというべきである。
Ⅱ 被控訴人は上記意図を否定するが,上記(a)(b)で認定したところからすると,被控訴人は,自身においても,現状の安売り競争,過当競争により,ルールを無視し,秩序を乱し,なりふり構わぬ営業が常態化しているとの認識を有し,また,タクシー業界におけるこの現状が,安全性の担保を損ない,そこに従事する者の権利を侵害し,その生活をも破壊していることを自覚した上で,吉と出るか凶と出るかは未知数の部分があることを認識しつつ,法人が追随することができない極端な低額運賃(初乗り運賃480円,運賃5000円を超えると5割引とする運賃。大阪市域でこれまで認可されている最低運賃を更に下回る運賃)を設定して,安売り競争に参加しようというのであるから,その主張は採用できない。
被控訴人は,他方では,こういった極端な低額運賃を長く続けることは利口な選択とは思えず,早い段階で中止したいとも述べているが,このことによって,上記認定にかかる被控訴人の意図が否定されるものではない。
Ⅲ 被控訴人(昭和36年7月生)は,本件申請(平成14年11月)当時,親元の近くに住み41歳の独身であり,自宅を事務所に保険代理店を営んでおり,若干(小遣い程度)の代理店収入があった(前記ウ(オ)3文)。被控訴人は,本件申請に係るタクシー運賃での個人タクシー営業を長期間続けるつもりはなく,早い時点で中止したいと考えていた(前記(a)Ⅲ3文)。
被控訴人は,家族がなく妻子の生活費を心配しなければならない立場にはなく,保険代理店からの若干の収入もあり,親元近くに住んでいたことから,少しの金額であれば親からの援助も期待できることから,短期間であれば原価や利潤を度外視した運賃設定を行っても生活していけると考え,本件申請をしたものと思われる。
b 近畿運輸局長の意図
(a) 近畿運輸局長は,前判決の趣旨に従い,前判決が指摘した前記イ1文の各考慮事項を考慮して,本件申請を認可した場合には,「他の一般旅客自動車運送事業者との間において過労運転の常態化等による運送の安全の確保を損なうことになるような不当な値下げ競争を引き起こす具体的おそれ」があると認め,道路運送法9条の3第2項3号に規定する「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすこととなるおそれがないものであること」の要件を充足しないと判断して,本件再却下処分をしたと認められる。この経過に,近畿運輸局長が考慮すべきでない事項を考慮したなどの不当な意図が存在するとは認められない。
(b) なお,原判決は,「近畿運輸局長は,その運賃認可の運用として500円を初乗運賃の最低額ラインとして強く意識していることが窺われるが,道路運送法9条の3第2項3号の要件に適合するか否かを判断する上において,不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれの有無を個別に判断することなく,初乗運賃500円という最低額ラインを設定することは,道路運送法の解釈を離れたものといわざるを得ず,これもまた重視すべきでない事情をことさら重視する誤った運用である。」と判示する。
確かに,本件申請は,初乗運賃480円という,これまでの初乗運賃の最低額である500円のラインを下回る運賃を設定するものであり(前記ウ(ア)a),このことの故に,近畿運輸局長がその認可の可否を慎重に判断したことは認められる(弁論の全趣旨)。
しかし,本件再却下処分の経過は上記(a)のとおりであり,近畿運輸局長が,不当な値下げ競争を引き起こす具体的なおそれの有無を個別に判断することなく,初乗運賃500円という最低額ラインを設定して,本件申請がそれを下回る運賃額であるとの理由のみから本件再却下処分をしたとは認められない。
現に,本件再却下処分の却下状(甲22)では,本件再却下処分の理由として,本件申請に係る運賃が初乗運賃480円であることについては一切触れられていないのであり,上記判示は相当でない。
(ウ) 当該事業者の市場の中での位置付け(考慮事項(B))
a 被控訴人の営業形態が個人タクシー事業であること(前記ウ(オ)),平成19年3月末時点の大阪府下の個人タクシーの車両数は,全体の19%程度であること(前記ウ(カ))からすると,本件申請にかかる運賃設定による市場への影響は,一見少ないと判断する余地があるようにも窺える。
しかし,被控訴人の営業区域である大阪市域はタクシーの供給過剰という状態にあり,大阪市域はタクシー事業者の競争が極めて激しい地域であるといえること,最低額運賃を設定する車両は,新規参入事業者を中心として平成16年以後順次増加していることなど,前記ウ(カ)(キ)で認定した事実を考慮すると,大阪市域では,新規参入事業者及び最低額運賃事業者における運賃の値下げ圧力は相当程度存在することが推認されるから,本件申請にかかる運賃(これまで大阪市域で認可されていた最低運賃を更に下回る運賃)が認可される場合は,その影響を強く受け,これに追随する動きが生ずることが予想されるというべきである。
b 大阪市域はタクシー事業者の運賃競争が極めて激しい地域であるうえ,平成6年度から平成16年度にかけて,大阪府内の法人タクシーの実働1日1車あたりの運送収入は約3割減少し,その実車率も10ポイント程度減少していること,大阪府内のタクシー運転者の月額平均賃金は全産業の男性労働者平均の3分の2程度であり,平成6年から平成16年までの10年間の賃金の減少の割合は,大阪府下における全産業労働者の平均賃金の減少割合の7倍程度にも及ぶことなどの事実が認められる一方で,現実に行われている運賃競争の結果は,1台あたりの収入の低下を生じさせ,さらにこのことが,タクシー事業の収益基礎のさらなる悪化,労働条件の悪化の深刻化,違法・不適切な事業運営の助長などの問題を招いていると指摘され,また大阪市域における交通事故件数が多いことの一因と考えられていることは,いずれも前記ウ(エ)(カ)(キ)(ク)(ケ)で検討したとおりである。
c 大阪市域では,平成14年の規制緩和以降,多種多様なタクシー運賃が出現し,タクシー事業者間の競争意識を激化させ,初乗運賃500円を設定した車両が増加の一途をたどり,繁華街等のタクシー乗場で順番を待って乗客を乗車させるのではなく,無秩序に客待ちや一般道路で徐行するなどの混乱が生じやすい状況となっている(前記ウ(カ)4文)。
また,大阪市域では,運賃競争が激しく,車両数の増加が著しく需給ギャップが拡大していること,交通事故件数が全国平均よりも高いこと,タクシー運転者の労働条件の悪化等を通じたタクシー輸送の安全及び旅客の利便の低下を招く懸念が生じていたことから,近畿運輸局長は,平成19年12月14日,大阪市域を準特定特別監視地域として個別指定し,タクシー事業への新規参入や既存業者のタクシー増車を抑制する方針を打ち出した(前記ウ(カ)5文)。
さらに,近畿管区行政評価局は,大阪地域は,「大阪タクシー戦争」と称されるほど乗客獲得競争が激化し,タクシー運転者の無理な長時間労働や収入の減少など労働環境が悪化していることから,タクシー運転者の加重労働等によりタクシー利用者の輸送の安全が脅かされるおそれがあるとして,平成19年10月から11月にかけて,タクシー事業者における運転者の過労防止等の運行管理及び労働条件の実態,行政機関における指導監督の実施状況等の調査を行っている(前記ウ(カ)6文)。
(エ) 必要とされる原価を下回るか(考慮事項(A))
a はじめに
本件申請に係る運賃は,初乗りが480円,料金5000円を超えると5割引であり,これまで大阪市域で認可されていた最低運賃を更に下回る運賃であるところ(前記ウ(ア)a),この運賃は,被控訴人が個人タクシー事業を運営するのに充分な能率を発揮して,合理的な経営をしている場合において必要とされる原価を下回るものであるか否か,すなわち,上記場合において必要とされる原価を償わない,採算を度外視した運賃であると認められるか否かについて,以下検討する。
b 被控訴人の個人タクシー事業の運送収支
(a) 近畿運輸局長がした本件申請の査定の妥当性
Ⅰ 近畿運輸局長は,本件申請について,前記ウ(イ)cのとおり査定した。本件申請との収支率のかい離,収支率のかい離が生じた原因は,前記ウ(ウ)a,bのとおりである。
この点について,被控訴人は,「法人事業者については労使間合意による標準人件費の排除を認めておきながら,個人事業者についてその基準を一律に適用することは不公平な取り扱いであり,合理性がない。」と主張するので,以下検討する。
Ⅱ 一般にタクシー事業においては人件費がコストの大半を占めるものであり,運賃の設定及び変更の認可基準の設定に当たっては,特に人件費について適正な水準を反映させることが必要と考えられるところ(乙25の1枚目),個人タクシー事業者においては,事業主たる運転手がその事業内容を自在に決定でき,人件費を規定する制度的な枠組みがないことから,場合によって,これを極端な低額に抑えることによって,法人タクシー事業者が実施することができない低額の運賃を設定することも可能になる。
そこで,審査基準公示(乙4)が,個人タクシー事業者と法人タクシー事業者との競争条件の均衡を保つため,人件費について,申請者の運転者1人当たり平均給与額が原価計算対象事業者の運転者1人当たり平均給与月額の平均の額(標準人件費)の10%を超えて下回っているときは,一定の場合を除いて,標準人件費を10%下回る額で査定すると定めている(乙4-20頁1項)のである。上記審査基準公示の定めは合理的な考えであって,不合理な定めであるなどとは到底いえない。
しかも,審査基準公示による運賃変更申請の認可における道路運送法9条の3第2項3号の要件充足性の判断は,当該申請にかかる運賃等の額が運賃査定額に満たないときに,その変更を一律に認可しないという形式的,画一的な取り扱いを定める趣旨のものではなく,最終的な認可の可否は,近畿運輸局長において,当該申請による運賃等を設定することによる労働条件への影響等を含めて,当該申請が道路運送法9条の3第2項3号にいう「他の一般旅客自動車運送事業者との間に不当な競争を引き起こすおそれがないものであること」を始め,同項各号の要件を充足するものであるか否かを個別具体的に審査,判断すべきことを定める趣旨のものと解すべきことも勘案すると,審査基準公示の上記人件費の扱いが不公平であり合理性がないとする,被控訴人の主張を採用することができないことは一層明らかである。
Ⅲ したがって,近畿運輸局長が,本件再却下処分の査定において本件申請とのかい離率を18%弱と認め,被控訴人の平年度(平成15年度)の個人タクシー事業は,運送収入417万8000円に対して,運送原価は507万2000円であり,89万4000円の赤字であるとした査定に誤りはない。
(b) まとめ
以上の次第で,被控訴人が本件申請に係る運賃で個人タクシー事業を遂行すれば,前記ウ(イ)cのとおり,被控訴人の平年度(平成15年度)の個人タクシー事業の運送収支は,運送収入417万8000円に対して,運送原価は507万2000円であることから,89万4000円の赤字となると認めるのが相当である。
c 本件申請をした被控訴人の意図
本件申請をした被控訴人の意図は,前記エ(イ)a(c)のとおりである。
被控訴人は,本件申請(初乗り運賃を480円とし,運賃5000円を超えると5割引とする運賃認可申請)をして,原価や利潤を度外視した運賃額を提示して理屈抜きの運賃競争に参加し,採算的に非常に苦しい運賃を敢えて設定することにより,他の事業者,特に低額運賃の設定が容易でない法人タクシー事業者との競争を有利に運ぼうと考えた。被控訴人自身も,本件申請に係る運賃を長く続けることは利口な選択とは思っておらず,運賃値下げ競争が収束に向かう動きが感じられたら早い段階で中止したいと考えていた。
被控訴人は,本件申請当時,タクシー運賃の安売り競争,過当競争により,ルールを無視し,秩序を乱し,なりふり構わぬタクシー営業が常態化しているとの認識を有し,また,タクシー業界におけるこの現状が,安全性の担保を損ない,そこに従事する者の権利を侵害し,その生活をも破壊していることを自覚していた。それにもかかわらず,被控訴人は,法人タクシーが追随することができない極端な低額運賃(初乗り運賃480円,運賃5000円を超えると5割引とする運賃。大阪市域でこれまで認可されている最低運賃を更に下回る運賃)を設定して,安売り競争に参加しようと決意して,本件申請に及んだものである。
d まとめ
(a) 以上の認定判断を総合すると,本件申請に係る運賃(初乗りが480万円,料金5000円を超えると5割引であり,これまで大阪市域で認可されていた最低運賃を更に下回る運賃)は,被控訴人が個人タクシー事業を運営するのに充分な能率を発揮して,合理的な経営をしている場合において必要とされる原価を下回るものであり,上記場合において必要とされる原価を償わない,採算を度外視した運賃であると認めるのが相当である。
(b) 確かに,大阪市域において最低額運賃(初乗運賃を500円とし,遠距離割引5000円超5割引を併用する運賃)を設定した車両数は,平成19年3月末で1472両(全体の6.4%)に及ぶと認められる(前記ウ(キ)1文)ところ,本件申請に係る運賃は,最低額運賃中の初乗運賃をわずか20円下回るだけである。
(c) しかし,次のⅠ,Ⅱの事実に照らすと,上記(b)の最低額運賃を設定した車両の存在によって,本件申請に係る運賃が能率的な経営の下における適正な原価を償わない,とする上記(a)の認定が覆るものとはいえない。
Ⅰ 本件申請に係る運賃では,被控訴人の年間収入がわずか203万6000円(410万7000円-399万1000円+192万円〔前記ウ(ア)b(c)参照〕)にしかならず,この収入だけでは,独身者はともかくとして,家族がいる者であれば生活していけない金額であること。
Ⅱ 被控訴人自身が,本件申請をした時点で,本件申請に係る運賃は原価や利潤を度外視した金額であり,この運賃額を提示して理屈抜きの運賃競争に参加し,採算的に非常に苦しい運賃を敢えて設定することにより,他のタクシー事業者との競争を有利に運ぼうと考えていたこと(前記c)。
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