爆弾処理兵の男は、わざわざ防護服を脱いだり、無線の会話を拒否したり、本国の妻子との平和な生活には耐えられないしと、度胸があるというより死にたがりdeath wishなのではないかと思わせる。
一方に普通に生きて帰郷したい相棒たちとの組み合わせは一般的娯楽作では「リーサル・ウェポン」一作目などにもあったが、命知らずに極端に寄るのは「ハートブルー」以来のキャスリン・ビグローの好みと思える。
ただし、本来の敵であるテロリストはまったく姿を現さないし、キャラクター間の力関係に本質的な変化があるわけではなく、キャラクターそのものには変化はないので、仲が良くなったり喧嘩したりはしても決定的な対立には至らず、後段はやや単調になり、人間爆弾などの残酷さのエスカレートでも埋め切れているとは思えない。
遥か遠くからの姿のほとんど見えない狙撃兵(それも複数)と砂漠の真ん中で一人また一人と倒されていくあたりは、「フルメタル・ジャケット」のクライマックスや、古くはジョン・フォードの「肉弾鬼中隊」('34)を思わせ、白人にとっての異民族の不気味さをもろに形象化している。
政治的な「正しさ」に色目を使っていないのは結構。
映像と音響のリアリズムはすさまじいが、それがイコール戦場のリアルかというと、「アバター」の3Dの森みたいな映像技術上の情報量の増加と表現の真実性とを混同したみたいなところがないではない。
(☆☆☆★★★)
本ホームページ
ハート・ロッカー - goo 映画
一方に普通に生きて帰郷したい相棒たちとの組み合わせは一般的娯楽作では「リーサル・ウェポン」一作目などにもあったが、命知らずに極端に寄るのは「ハートブルー」以来のキャスリン・ビグローの好みと思える。
ただし、本来の敵であるテロリストはまったく姿を現さないし、キャラクター間の力関係に本質的な変化があるわけではなく、キャラクターそのものには変化はないので、仲が良くなったり喧嘩したりはしても決定的な対立には至らず、後段はやや単調になり、人間爆弾などの残酷さのエスカレートでも埋め切れているとは思えない。
遥か遠くからの姿のほとんど見えない狙撃兵(それも複数)と砂漠の真ん中で一人また一人と倒されていくあたりは、「フルメタル・ジャケット」のクライマックスや、古くはジョン・フォードの「肉弾鬼中隊」('34)を思わせ、白人にとっての異民族の不気味さをもろに形象化している。
政治的な「正しさ」に色目を使っていないのは結構。
映像と音響のリアリズムはすさまじいが、それがイコール戦場のリアルかというと、「アバター」の3Dの森みたいな映像技術上の情報量の増加と表現の真実性とを混同したみたいなところがないではない。
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