prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「風よ あらしよ 劇場版」

2024年02月21日 | 映画
伊藤野枝に大杉栄といった大正時代のアナキストについては、先日「福田村事件」で関東大震災のどさくさに紛れて自警団が朝鮮人を虐殺したのを描いていた(ただし福田村で殺されたのは日本人)が、こちらは憲兵の甘粕正彦が大杉と野枝を虐殺するのが山場になっている。

甘粕正彦が野枝(吉高由里子)と大杉(永山瑛太)を連行する時に大杉の甥(橘宗一 6歳)も連行するのだが、こちらがどうなったのか描き方が曖昧。
子供を殺すところはテレビでは描けないということか?
実際当時でもすでに子供を殺すなんてと非難轟々で、憲兵という地位にいた甘粕に対してもさすがに当局は逮捕して裁判にかけることになった(ただし7年あまりに減刑されてフランスに渡ったのち満州で満映理事長に就任したのは有名)。
NHKのドラマ版は見てないのでどの程度異動があるのかはわからない。

野枝の中学の教師だった辻潤(稲垣吾郎)が初め野枝に対するメンター的な役割だったのが大杉にその座を奪われる格好で曖昧に姿を消す。
野枝もいつまでも導かれる側ではないのだが、はっきり自立独立する前に殺されたみたい。

吉田喜重監督、山田正弘脚本のATG映画「エロス+虐殺」(1970年)では大杉、野枝に加えて「青鞜」編集の神近市子が三角関係になり、クライマックスの日蔭茶屋事件では事実通り神近が大杉を刺すのと、野枝が刺すのとふたり一緒に刺すのと仮定の想像を二通り足して膨らませ、フリーラブという建前と嫉妬という真情の葛藤と、さらにそれに70年当時の若い学生たちのアナキストとは対照的に倦怠感にまみれて緊張感を欠いたフリーセックスを重ねるというおそろしく手のこんだ作劇をしているのだが、ここでは刺されたという結果だけ投げ出している。誰が刺したかもはっきりしない。
彼らが求めた「自由」とは何かという基本的にして抽象的な問題はややこしくなるので、官憲による虐殺という敵役を設定して単純化した感。

なお佐野眞一「甘粕正彦 乱心の曠野」によると、割と最近大杉の検死報告が見つかって、それによると大杉の肋骨はほとんど粉々になっていたという。明らかに複数人の激しい暴行によるもので、甘粕一人で出来たことではないと推測される。