「九鬼漁港」の海側に突き出た山に「九木神社」があります。
九鬼一族を祀ってあるのではなく、
祭神は菅原道真、牛の像がありました。神仏習合の社です。
謎の石の群れがあって「竜宮の使者」と立札に書いてあります。
元々は海の神様を祭っていたのかもしれません。
こちらは、横に大黒天と書いてあります。
港から、神社へ、まっすぐ階段が伸びています。
うっかり何かを落としたら、海の中へ飛び込むと思います。
久木神社を過ぎて、
そこから岬の突端まで山道を歩いて行けば
前も右も左も海という絶景だそうですが、
トレッキング用の服や靴の準備が必要な道のようです。
九鬼一族はここから出て、紀州の海を制し、
1569年に志摩城を築城。以後志摩が九鬼水軍の本拠地となっていました。
船団は圧倒的な戦力を誇り、
信長そして秀吉の下で、各地の海に出かけて闘い続けますが、
内輪の争いから、家康の時代に鳥羽をはじめ紀伊の海の支配権力を奪われ、
表舞台から消えていきました。
志摩城は大手門が海側に突出して作られるという珍しい形をしており、「大手波戸水門」が出入り口となっていました。
今はわずかに石垣を残すだけです。
戦国時代を象徴するような一族だったと思います。
帰りに、道路沿いにある、
「おとと」という名の海産物を扱う大きな店に入ったところ、
珍しいものがいろいろあって驚きました。
いろいろな魚の、生や干物や冷凍や加工品などがあって、
こんなのもありました。
夕暮れ時で、ちょうどお寿司類が半額になったところで、
マグロ好きの夫は、本マグロの大トロと中トロの「にぎり寿司」を手に入れて大満足。
私はいろいろな魚のにぎり「盛り合わせ」を買いました。帰ってから、何も夕食の準備をしなくていいので嬉しい。
ご飯が小さくて魚の切り身が特大でした。
尾鷲市は、海の際まで山が迫っています。
平地はわずかしかありません。
でも今も本当に海産物が豊かで、
貰ってきたパンフレットを見たら、町の中に魚屋さんがいっぱい!
下は無料の立派なパンフレットです。
マンボウやウツボも食べるみたいです。
どんな味かな?
九鬼一族を祀ってあるのではなく、
祭神は菅原道真、牛の像がありました。神仏習合の社です。
謎の石の群れがあって「竜宮の使者」と立札に書いてあります。
元々は海の神様を祭っていたのかもしれません。
こちらは、横に大黒天と書いてあります。
港から、神社へ、まっすぐ階段が伸びています。
うっかり何かを落としたら、海の中へ飛び込むと思います。
久木神社を過ぎて、
そこから岬の突端まで山道を歩いて行けば
前も右も左も海という絶景だそうですが、
トレッキング用の服や靴の準備が必要な道のようです。
九鬼一族はここから出て、紀州の海を制し、
1569年に志摩城を築城。以後志摩が九鬼水軍の本拠地となっていました。
船団は圧倒的な戦力を誇り、
信長そして秀吉の下で、各地の海に出かけて闘い続けますが、
内輪の争いから、家康の時代に鳥羽をはじめ紀伊の海の支配権力を奪われ、
表舞台から消えていきました。
志摩城は大手門が海側に突出して作られるという珍しい形をしており、「大手波戸水門」が出入り口となっていました。
今はわずかに石垣を残すだけです。
戦国時代を象徴するような一族だったと思います。
帰りに、道路沿いにある、
「おとと」という名の海産物を扱う大きな店に入ったところ、
珍しいものがいろいろあって驚きました。
いろいろな魚の、生や干物や冷凍や加工品などがあって、
こんなのもありました。
夕暮れ時で、ちょうどお寿司類が半額になったところで、
マグロ好きの夫は、本マグロの大トロと中トロの「にぎり寿司」を手に入れて大満足。
私はいろいろな魚のにぎり「盛り合わせ」を買いました。帰ってから、何も夕食の準備をしなくていいので嬉しい。
ご飯が小さくて魚の切り身が特大でした。
尾鷲市は、海の際まで山が迫っています。
平地はわずかしかありません。
でも今も本当に海産物が豊かで、
貰ってきたパンフレットを見たら、町の中に魚屋さんがいっぱい!
下は無料の立派なパンフレットです。
マンボウやウツボも食べるみたいです。
どんな味かな?
牛には角があるので人間の顔と合わせて鬼を考えたのかな。?
牛は優しいので鬼にすれば可愛そうですが。
でも怒らせると怖そうです。闘牛もいますからね。
鹿や羊の角をした鬼は見たことがありませんから。
コメントありがとうございます。
京都の北野天満宮(天神さん)は菅原道真公を祀った大きな神社です。
受験生が、合格祈願に行くこともおおく、牛の像を撫ぜて、頭が良くなりますように、とお願いします。菅原道真公と牛にまつわる伝説がいろいろあるようです。
私も行けば、黒光りした牛の頭を撫ぜてきます!
今はコロナでどうなっているでしょう。