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マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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畑屋の文化財in大淀町文化会館

2015年06月26日 07時30分51秒 | 民俗を観る
大淀町畑屋の文化財を展示すると知って出かけた。

展示会場は大淀町文化会館。

知らせてくれたのは学芸員の松田度さんだ。

これまで何度かの講演会などに出かけた大淀町文化会館。

平成23年9月の「大淀町の民俗-継承と活性化」もあれば平成26年6月の「三つの野」もあった。

それぞれ講演者によって視点が変わる。

視点が異なるから勉強になる。

そう思ってできる限り民俗に関する講義を聴講したいと思っている。

この日に訪れた時間帯は翌日の展示に際する設営である。



ガラスケースに収めた古い湯釜や伏せ鉦があった。

これらを応対・解説してくださったのは大字持尾の区長さんだ。

湯釜には刻印銘があった。

「畑屋 九頭神之宮 御湯釜 文明十一年(1479)己亥九月十八日」である。

県内事例に古い湯釜がある。

山添村の有形文化財に指定されている大字桐山の湯釜の銘は「切山庄九頭大明神御宮小谷弥七願勧進弥 永正十一年(1514)甲戌六月吉日七月」である。

畑屋の湯釜はそれより古い36年前のものであるが現在は使われていない。

一方、桐山の湯釜は今尚マツリの際に一老が作法される御湯祓いに使われている。

奈良県内で一番古いとされているのは吉野山勝手神社に保管されている湯釜である。

銘は「金峯山下御前湯釜也 康暦元年(1379)後卯月勧進」だ。

これもまた古い湯釜であるが現在は使用されていない。

とはいうものの畑屋の湯釜は文明十一年製。

今から540年前の湯釜は大淀町の文化財に指定してもいいのでは、と思った。

なんでも探偵団ではないが、大切にしてください、である。

展示される畑屋の文化財は湯釜以外に二つある。

いずれも伏せ鉦である。



一つは直径18cmの鉦で「天下一出羽大掾宗味作」とある。

古文書によれば享保時代(1716~)と伝わるそうだ。

もう一つの伏せ鉦は直径13cm。やや小型である。

これもまた「天下一出羽大掾宗味作」の記銘刻印が見られる。

持尾が所有する双盤鉦があるが、今回は写真での展示だ。

松田さんが苦心して何枚かに分けて撮られた双盤鉦は貼りあわせて一枚にされた。



記銘刻印は「奉寄附願主惣且邦衆元禄十二年(1699) 和州吉野郡持尾村金蓮寺 出羽大掾宗味作」だ。

展示物品にワニ口もあった。

記銘刻印は「和州吉野郡畑屋村鎮守 施主 中尾徳左エ門 南無八大龍王 嘉永四辛亥年(1851)四月吉日」である。

伏せ鉦や双盤鉦よりも比較的新しいワニ口である。

他にも文政拾弐年(1829)丑七月十日付けの古文書が展示されていた。

解説によれば実印を押印している「連判銀借用證文之事」だ。

大字持尾村、矢走村、畑屋村、芦原村4カ村の連判状は継ぎ目に捨て印もあれば割り印も見られる証文である。

現在でいう契約書と同じ形式で綴じていた。

借用主は持尾庄屋茂助である。

会場設営は忙しく準備に大わらわであったが、応対してくださった大字持尾区長が話すマツリに興味をもった。

「座講(ざあこう)」と呼ばれる宮座があるという。

祭事の場は天髪(てんぱつ)神社。かつては10月6日、7日にヨミヤと「座」があった。

いつしか一日に纏められて「マツリ」になった。

今では10月第二週の日曜日。

朝から餅搗きをする。

昼にヨバレがあって夜は19時に神主による神事が行われるそうだ。

村の文化財を展示されるなかで応対してくださったことに感謝する。

「息切れしない地域文化はこれからも持続していきたい」と松田さんはいう。

いい言葉に感服する。

伝統というのもそういうものだと思って帰路についた。

(H26.11. 1 EOS40D撮影)