この日は大宇陀栗野でお垢離取りがあるかもしれないと思って車を走らせた。
ところがこの日もなかった。
帰路に立ち寄った大宇陀道の駅では村行事に知り合った平尾の住民との出会い。
あれからというものは・・・と聞いた辛くなるような長話に尽きあった。
そこを離れてまたもや帰路につく。
なんにもないと思ってはいるが、ついつい視線を落とすのは田畑。
榛原の萩原を通り抜ける。
そのときだ。
目に入った白いモノ。
車窓から一瞬に見えた苗とかある場に白いモノに立て棒。
これはと思って停車したらそこは萩原の小鹿野(おがの)。
小鹿野は4月15日に立ち寄って苗代田に挿していたごーさん札とそれを挟んでいた竹の棒を拝見した。
その後の状況も見たくてたちよった5月8日は田植えも終えて水路の端に寄せていた。
この日に見つけた場は違うがお札はどうみても小鹿野の形式のように思えた。
育苗のいくつかは田植えをされているのだろう。
残された苗代田を見ているとそう思った。
近くに田植え機が動いている音がする。

作業をしていた男性に聞いて見た。
間違いなく小鹿野のごーさん札である。
田植え作業をされていた男性は68歳のDさん。
4月20日に苗代田をしていたと云う。
田んぼはここだけでなく四反、七反など三つもある。
ごーさん札は正月初めの日に村の役員が集まって行事をしていた。
たぶんにオコナイと思われる村行事に28人も集まるようだ。
1月の4日か5日に行った行事で2枚のごーさん札をもらう。
苗代田を作っている家に配られるごーさん札。
村の戸数は30戸ほど。
うち20戸が農家であるが、苗代を作る家は6軒のようだ。
正月初めに行われる行事の場は村の寺。
集落の上のほうにある無住寺(地蔵堂かも)でしているという。
その2枚それぞれのお札に文字がある。
開いてもらっても構わないからと云ってくださるDさんの言葉に甘えて竹に挟んでいたお札を広げる。

一枚は「牛王 不動明王 宝印」で、もう一枚は「牛王 地蔵菩薩 宝印」の墨書文字。
版木ではなかったが、宝印の朱印をそれぞれ3列の文字ごとに押してあった。
Dさんが云うには3月末辺りの日曜日に山の頂にある不動明王(不動滝)に参るそうだ。
かつて水乞いをしていたような話しが残っているらしい。
ごーさん札は水の神さんに地蔵菩薩。
祈りを込めてオコナイをする場は地蔵院ではなかろうか。
集落下にある集落センターだと思っていたがそうではないようだ。
その集落センターに集まる日は別にある。
村の田植えのすべてが終われば集落センターに籠る。
籠ると云っても翌朝までではないだろうと思う行事名は「ケカケ籠り」。
東山間では度々耳にする農耕行事である。
ちなみに小鹿野には4組の講があるようだ。
庚申講に伊勢講。
掛軸を掲げて営んできたが、今では1組となった。
ヤドの家ではすき焼きなどのご馳走を作って食べていた。
今では負担を避けてパック詰め料理の膳。
漬物などで接待するヤド家に掛軸を掲げて拝んでいると云う。
庚申(かのえさる)にしているというから庚申講であろう。
ちなみに9月初めにはオコナイをする地蔵院か、ケカケ籠りをする集落センターのいずれかで「風籠り」をしているらしい。
是非とも機会を設けて取材してみたいと思った。
(H28. 5.29 EOS40D撮影)
ところがこの日もなかった。
帰路に立ち寄った大宇陀道の駅では村行事に知り合った平尾の住民との出会い。
あれからというものは・・・と聞いた辛くなるような長話に尽きあった。
そこを離れてまたもや帰路につく。
なんにもないと思ってはいるが、ついつい視線を落とすのは田畑。
榛原の萩原を通り抜ける。
そのときだ。
目に入った白いモノ。
車窓から一瞬に見えた苗とかある場に白いモノに立て棒。
これはと思って停車したらそこは萩原の小鹿野(おがの)。
小鹿野は4月15日に立ち寄って苗代田に挿していたごーさん札とそれを挟んでいた竹の棒を拝見した。
その後の状況も見たくてたちよった5月8日は田植えも終えて水路の端に寄せていた。
この日に見つけた場は違うがお札はどうみても小鹿野の形式のように思えた。
育苗のいくつかは田植えをされているのだろう。
残された苗代田を見ているとそう思った。
近くに田植え機が動いている音がする。

作業をしていた男性に聞いて見た。
間違いなく小鹿野のごーさん札である。
田植え作業をされていた男性は68歳のDさん。
4月20日に苗代田をしていたと云う。
田んぼはここだけでなく四反、七反など三つもある。
ごーさん札は正月初めの日に村の役員が集まって行事をしていた。
たぶんにオコナイと思われる村行事に28人も集まるようだ。
1月の4日か5日に行った行事で2枚のごーさん札をもらう。
苗代田を作っている家に配られるごーさん札。
村の戸数は30戸ほど。
うち20戸が農家であるが、苗代を作る家は6軒のようだ。
正月初めに行われる行事の場は村の寺。
集落の上のほうにある無住寺(地蔵堂かも)でしているという。
その2枚それぞれのお札に文字がある。
開いてもらっても構わないからと云ってくださるDさんの言葉に甘えて竹に挟んでいたお札を広げる。

一枚は「牛王 不動明王 宝印」で、もう一枚は「牛王 地蔵菩薩 宝印」の墨書文字。
版木ではなかったが、宝印の朱印をそれぞれ3列の文字ごとに押してあった。
Dさんが云うには3月末辺りの日曜日に山の頂にある不動明王(不動滝)に参るそうだ。
かつて水乞いをしていたような話しが残っているらしい。
ごーさん札は水の神さんに地蔵菩薩。
祈りを込めてオコナイをする場は地蔵院ではなかろうか。
集落下にある集落センターだと思っていたがそうではないようだ。
その集落センターに集まる日は別にある。
村の田植えのすべてが終われば集落センターに籠る。
籠ると云っても翌朝までではないだろうと思う行事名は「ケカケ籠り」。
東山間では度々耳にする農耕行事である。
ちなみに小鹿野には4組の講があるようだ。
庚申講に伊勢講。
掛軸を掲げて営んできたが、今では1組となった。
ヤドの家ではすき焼きなどのご馳走を作って食べていた。
今では負担を避けてパック詰め料理の膳。
漬物などで接待するヤド家に掛軸を掲げて拝んでいると云う。
庚申(かのえさる)にしているというから庚申講であろう。
ちなみに9月初めにはオコナイをする地蔵院か、ケカケ籠りをする集落センターのいずれかで「風籠り」をしているらしい。
是非とも機会を設けて取材してみたいと思った。
(H28. 5.29 EOS40D撮影)