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読書「ブルックリンの少女La fille de Brooklyn」ギョーム・ミュッソ著集英社文庫2018年刊

2023-11-23 08:57:39 | 読書
 エメラルドグリーンの瞳、ゆるめのシニョンの髪型、ミニスカートと黄色のTシャツその上に薄い皮のブルゾンを着た混血のアンナは小児科の研修医、結婚をまじかに控える私の恋人。私ラファエル・バルテレミは、そこそこ売れてる作家。婚前旅行と洒落こんでコートダジュールの別荘を借りた。 軽やかなそよ風が木々を揺らし頬をなでる地中海を見下ろすテラスで、メルローの赤ワインを重ねた。そのワインが濃密な時間をもたらす筈だったが、予期せぬ別離をもたらした。それはひとえに私ラファエルの至らなさに他ならない。

 ラファエルはずーと心の奥深くに、本当のアンナを知らないという強迫観念が巣食っていた。ワインの酔いが饒舌にもしていたし、気持ちも高揚していた。人生の秘密という切り口からお互いの意見が衝突した。口げんかに発展。アンナが見せたスマホの写真。三つの黒焦げの写真。動転したラファエルは、飛び出していった。20分ほど車を走らせて我に返ったラファエル、引き返したがもうそこにはアンナの姿はなかった。

 パリに住むアパートの隣人、元国家警察組織犯罪取締班の警部だったマリク・カラデックの助力を得ながら真相解明に突き進む。思いもしない意外な事実が明らかになっていく。

 著者の批判精神も旺盛で、フランスの教育環境に苦言を述べている。ラファエルの調査の段階で元捜査官の話を聞くために訪れたワシントン・スクエアにあるマンハッタン大学ロー・スクールに行ったとき、「恵まれたこの学習環境を目にし、私は自分が修士課程を過ごしたオンボロのキャンバスを思い出した。席のたりない大教室、退屈極まる講義、政治化した教授連中の無気力な態度、漆喰のはがれた70年代建築の醜悪さ、健全な競争意識の欠如、失業問題と展望なき将来という重苦しい社会情勢。確かに比較できるものではないし、このロー・スクールの在学中の学生は高額の学費を払っているのだろう。 が、少なくとも相応の勉学環境を与えられていた。フランスで一番腹が立つのはその問題だった。数十年も前から、あれだけ硬直し活力のない教育システム。うわべだけの言辞の裏、あれほどの不平等にどうしてフランス社会は我慢しているのだろう?」と。

 著者ギョーム・ミュッソは、1974年フランスのニースの港町アンティーブで生まれる。モンペリエ大学を終えたあと、高校教師となり執筆を始める。現在まで総売上3500万部を超え、フランスで最も売れている作家といわれる。

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読書「訴訟王エジソンの標的The last days of night」グレアム・ムーア著ハヤカワ文庫2019年刊

2023-11-13 10:23:51 | 読書
 南北戦争(1861~65)当時は子供だったポール・クラバスは、26歳でニューヨークの法律事務所のパートナーの地位にある。このポールが主人公の物語。

 1888年アメリカでは電柱に架けた電線で、街を照らし部屋を明るくし始めていた。その陰で特許戦争ともいうべき熾烈な戦いが展開されていた。それは電流の直流か交流かの戦いでもあった。そしてポールの周辺を彩る五人の実在した人たち。電燈を発明したと言われるトーマス・エジソン、電気製品を製造するジョージ・ウエスティングハウス、風変わりな発明家ニコラ・テスラ、オペラ歌手アグネス・ハンティントン、投資家J・P・モルガン。

 ポールとアグネスのロマンスをはさみながら、海千山千の男たちを相手に奮闘するポール。これらは実際に起きた法廷闘争だが、ウェスティングハウスの倒産の危機を救ったポールが身に沁みて感じたのが、油断すると寝首を搔かれるということだ。たとえ信頼しているジョージ・ウェスティンハウスでも。

 徹底した一人称の作品で、私生活はポール意外全くない。例えばアグネスはポールと結婚するまで、資産家の息子ハリー・ラ・バ・ジェインと婚約をしていたが、この二人が同時に登場する場面はない。

 ポールはJ・P・モルガンの協力を得て。密かにエジソン・ゼネラル・エレクトリック社内部にクーデターを仕掛け、エジソンを退陣させてチャールズ・コフィンという男を社長の座に据える。それからニコラ・テスラを説得し、ウェスティングハウスの交流電流システム特許使用料を放棄させる。エジソンは自分の作った会社から追い出される。これによって電流戦争にウェスティングハウスが勝利を収める。

 著者によると、この結末は実際に起こったことだという。しかも著者は、最後の場面にナイヤガラ瀑布にトーマス・エジソン、ジヨージ・ウェスティグハウス、ニコラ・テスラそれにポール・クラバスを集めて友好的な雰囲気を創造している。実際は会合はあったらしいが、エジソンは出席していないとか。これは時代を変えたエジソン、ウェスティングハウス、テスラという偉大な人物への敬意に他ならない。

 トーマス・エジソンが創立したエジソン・ゼネラル・エレクトリック社は、エジソンを取り除いたゼネラル・エレクトリック社としてアメリカ最大の総合電機メーカーでコングロマリット企業として現在も存続している。

 ウェスティングハウスは、ウェスティングハウス・エレクトリック・カンパニーという名前で、原子力関連企業として存続している。

 ニコラ・テスラは、イーロン・マスクの押しかけ創業者となったテスラモーターズがテスラを敬意をもって命名した。

  著者グレアム・ムーア|GRAHAM MOOREは、米シカゴ生まれ。2003年にコロンビア大学で宗教史を専攻し文学士号を取得。10年に、アーサー・コナン・ドイルの生涯を描いたミステリー小説『The Sherlockian』がニューヨークタイムズのベストセラーリスト入りを果たす。今後の待機作には、マイケル・マン監督やマーク・フォースター監督によるテレビ作品の他、レオナルド・ディカプリオ主演予定のベストセラー小説「The Devil In The White City」の映画化などがある。

 天才数学者アラン・チューニングを描いた映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』でアカデミー賞脚色賞を受賞。授賞式の感動のスピーチが有名。
「アラン・チューリングは、このような舞台で皆さんの前に立つことができませんでした。 でも、わたしは立っています。これは不公平です。16歳の時、わたしは自殺未遂をしました。
自分は変わった人間だと、周りに馴染めないと感じたからです。でも、いまここに立っています。
この映画を、そういう子どもたちに捧げたい。自分は変わっている、どこにも馴染めないと思っている人たちへ。君には居場所があります。変わったままで良いのです。そして、いつか君がここに立つときが来ます。だからあなたがここに立ったときには、君が次の世代に、このメッセージを伝えてください。ありがとう」


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読書「秘密THE PRIVATE PATIENT」P・D・ジェイムズ著2010年ハヤカワ・ポケット・ミステリ刊

2023-11-03 17:07:51 | 読書
 フィリス・ドロシー・ジェイムズ(Phyllis Dorothy James)は、イギリスの女流推理作家だ。1920年に生まれ、2014年没であるが『ナイチンゲールの屍衣』『黒い塔』『死の味』で3度CWA賞(英国推理作家協会)シルバーダガー賞を受賞。1987年には作家としての功績を称える CWA賞 ダイヤモンド・ダガー賞を受賞した。さらに1999年にはアメリカのMWA賞(アメリカ探偵作家クラブ)でも巨匠賞を受賞したという作家なのだ。

 私はこの人の作品を読んだことがなく、今回が初読となる。多くのミステリーやハードボイルドでは、バンと事件を明示して一気に読者の関心を集めて犯人探しに時間を割くというのが多い。この人の作品は違った。無残な被害者ルポライターとして有名なジャーナリストのローダ・グラッドウィンについて、生い立ちや性格について詳細な記述があって、二段組の436頁のうち115頁目でようやくローダ・グラッドウィン扼殺事件が発生する。かなり遅い事件発生だ。

 読後にこのことについて考えてみた。生い立ちや性格なんて事件後、なんとでも説明できる。それを導入部に持ってきたのは、この作家の優しさではないかと思う。たとえ死にゆく人であっても、また作中の人物であっても、それなりの尊厳を与えたいと。それに加えこの作家の先進的な考えも文中からうかがえる。

 いくつかの事件が起こるのは、ドーセット州にある農地に囲まれたシェベレル荘園。イギリスでも風光明媚といわれロンドンから約3時間。ここでローダ・グラッドウィンは、左頬の傷の再生手術を受けることになる。この傷は、十代のころ父親のいわれなき逆鱗を伴ってウィスキー瓶で殴打されたものだった。ローダの憎悪は父親が死んでからも続いた。今47歳のローダが思い出したくない過去だった。

 この手術を担当するのは、形成外科の世界では名医と言われるジョージ・パンドラ・パウエル。離婚歴のある男で自身が経営するクリニックでの手術を終え、ドーセット州ヘ向かうメルセデス・ベンツの車中の人となる。高速道路を疾走するジョージは、移動する喜びと開放感に包まれオーディオから流れるバッハのバイオリン協奏曲二短調が心地よい。

 荘園には多くの人が働いている。ジョージの助手としてマーカス・ウェストホール、マーカスの姉キャンダス、婦長フラヴィア・ホランド、支配人ヘリナ・クレセットの他に数名。

 ロンドン警視庁特捜部から派遣されてきたのは、警視長アダム・ダルグリッシュ、警部ケイト・ミスキン、部長刑事フランシス・ベントン・スミスの三人。地道な捜査が続けられるが、マーカスの姉キャンダスの自殺とともに残された自白テープで一件落着となる。

 事件解決後は登場人物の愛と幸せに包まれたシーンとなる。警視長のアダム・ダルグリッシュは、恋人エマとケンブリッジ大学で結婚式を挙げた。従来のしきたりにとらわれない形だった。旧来のしきたりを否定するという表現は、この作家の先進性なのだろう。音楽が流れ説教を省いた短いものだった。

 クリーム色のウェディング・ドレスをまとい、つややかに輝く髪をアップに結い上げてバラの花の冠を飾ったエマは、祭壇に向かって通路を一人でゆっくり歩いた。しきたりは花嫁の父がエスコートするが、エマの父は最前列に座っていた。待っていたアダムは、エマに手を差し伸べた。流れる音楽は、バッハやヴィヴァルディ。

 薄茶色の髪の毛をショートカットにしてサマー・ドレスを着た、知的でチャーミングなケイトには、上司のアダムに対して密かに思う複雑な心境を抱えていたが、かつてサヨナラを宣告したピアーズからのメールに寛容な態度をとる。「家に帰ってきたらどうですか。ケイト」と。一連の事件は人間の本音や本質に迫るもので看過できなくなる。それが人を成長させると言ってもいいかもしれない。ケイトは日に日に成長し円熟が増すようだ。

 形成外科医のジョージは、支配人のヘリナ・クレセットと散歩に出た。二人は事件の後始末に追われていた。荘園の医療部門は廃止、ロンドンのクリニックに力を入れる。空いている厩舎を改装して3つ星レストランを目指す。そしてジョージは、ヘリナに求婚した。「結婚してもらえないだろうか。一緒に幸せになれると思うんだが」その言葉に愛という単語はなかった。聡明なヘリナはそのことを理解している。「愛という言葉を持ち出さなかったわね。正直な方だわ」とヘリナ。

 のちに親しい事務責任者のレティーに打ち明けた。「彼を愛していないでしょ」とレティー。それに対してヘリナは「たぶん今はね。まだ完全に愛しているとは言えない。でもいずれそうなる。結婚って愛情が生まれるか、あるいは失われる過程でしょ。心配しないで、この結婚は長続きするはずよ」

 人を愛するというのは、ありのままの相手を受け止め、成長を願うことだとすれば、この二人は理想的な夫婦になることだろう。

それではバッハのバイオリン協奏曲二短調を聴いていただきましょう。
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読書「ケイトが恐れるすべてHer every fear」ピーター・スワンソン著創元推理文庫2019年刊

2023-10-04 10:32:02 | 読書
 ロンドンに住む若き女性ケイト・プリディーは、幼少の頃に不安障害 空想傾向障害とセラピストに言われたことがある。成人した今でもその傾向は治らない。飛行機や船も怖いし人込みも苦手、彼女は常につぎの瞬間、悲劇の瞬間を生きている。

 何かにつけてマイナス思考をすという困った性癖ながら5年前、嫉妬深い恋人ジョージ・ダニエルズにクローゼットに閉じ込められた上、ジョージが自殺するという恐怖の体験もあったが、今ボストンの高級住宅街ビーコン・ヒルにあるヴェネチアの宮殿をモデルにした三階建ての華麗なアパートメントに到着した。やや自信を取り戻した気分にはなる。この豪華なアパートメントに来たのは、一度も会ったことがないまたいとこ(又従兄)のコービン・デルがロンドン転勤を機にケイトの部屋と交換した結果なのだ。広くて豪華な住居は、コービンが父親の遺産を受け継いだものだった。

 ケイトが到着した日、隣に住む女性オードリー・マーシャルを訪ねてきた女性が、オードリーと連絡がつかないと騒いでいた。 本を読んでいて寝込んでしまったケイトはドアのノックに起こされた。訪問者はロバータ・ジェイムスという女性刑事だった。その刑事から知らされたのが、オードリー・マーシャルが殺されたということだった。

 この事件が又従兄のコービンを巻き込んで、意外な展開を見せる。ダークな殺人者がケイトに迫る。私の好みの作品ではなかった。しかし、解説は最上級の賛辞を送っているようなのだ。例によってgoogleマップのストリートヴューで、ビーコン・ヒル周辺を散策した。中にいい雰囲気のバーがあった。そのバーは、1927年創業らしい。その中に若き私自身がいて、透き通るような肌とブルーの瞳を持つ女性とワインかマーティーニを楽しむのを想像した。
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読書「ダーク・アワーズTHE DARK HOURS」マイクル・コナリー著2022年講談社文庫刊

2023-09-30 08:43:46 | 読書
 「ロサンジェルスを知りたければ、サンセット大通りを始まりからビーチまで車で通ればいいと言われている。それは旅行者がLAのすべてを知ることになるルートだった………その文化や栄光だけでなく、その数多くの亀裂と欠点を。30年前に、組合運動と市民権運動の指導者を記念して、いくつかのブロックがセザール・E・チャベス・アヴェニューという名に改められたダウンタウンから始まり、ルートは旅行者たちを、チャイナ・タウン、エコパーク、シルヴァーレイク、ロス・フェリズへ運び、そこから西に曲がって、ハリウッドとビヴァリー・ヒルズ、ブレントウッド、パリセーズを横切り、最終的に太平洋にぶつかる。その過程で四車線道路は、貧困地区と富裕な地区を通り抜ける。ホームレスのキャンプがあり、大邸宅があり、エンターテイメントと教育、カルト・フード、カルト宗教のイコン的な施設を通過する。百の都市でありながらも一つの都市である通りだ」

 マイクル・コナリーは、作品の中で架空の都市や町、レストランや場所などを挿入する作家ではない。現存するそれらを描く作家なのだ。従ってロサンジェルス案内もその通りに辿ってみても悪くない気がする。しかし、ホームレスのキャンプとなると逡巡する。東京の日比谷通りの歩道にテントを張って居住するホームレスを想像すると。とてもじゃないが歩く気にならない。

 YouTubeでLAのテント村を見ることができるが、市庁舎の前にテントを張ったりしていてアメリカ有数の大都会の風格も品格も見ることはできない。そんな大都会のコロナ禍の中、ダーク・アワーズつまりロス市警ハリウッド分署夜間勤務専門の刑事レネイ・バラードを中心とした警察ミステリーと言える。

 レネイ・バラードは女性、趣味はサーフィン、人種は???? 同僚の刑事に「インディアンの血が?」という軽い問いかけに違うと言っている。でも風貌がそれに近いのかもしれない。警察内部の人種的、性的な目に見えないバリアに悩まされながら、強い性格がダークアワー勤務へと押し出した。それはロス市警の数多くの害悪の一つ、セクハラに抵抗したことへの処罰としてもたらされた。バラードは強盗殺人課でボスとの内部抗争に敗れ、ハリウッドの夜勤に追放されたのだ。

 この部署の難点は、例えば殺人事件なら初動捜査のポイントを殺人課刑事に引き継がなければならないという点。刑事の勤務評価が事件解決能力とすれば、事件そのものを持てないバラードには内勤巡査の評価基準しかない。それに満足するバラードではない。ならばどのように法と秩序の隙間を縫って成果を出すのか。ロス市警の伝説の刑事と言わていて引退したハリー・ボッシュの助力を得ながら、無謀とも思える身代わり戦術で犯人射殺というバイオレンスを演じた。

 気分は最高で最近手に入れた愛犬ピントとともにサーフィンに出かける前にワイアレス・イヤフォンでマーヴィン・ゲイの「What's going on」を聴きながら散歩に出かけた。

 マーヴィン・ゲイの活動期間は、1958年から1984年で、この曲は1971年に発表された。本人は、1984年4月1日両親の喧嘩を仲裁していたとき、父親の逆鱗に触れ射殺された。父親から撃たれた銃は、かつて息子ゲイから贈られたものだったという皮肉がはらんでいる。享年44歳。
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読書「過ちの雨が止むThe Shadows We Hide(隠れる影)」アレン・エスケンス著 創元推理文庫2022年刊

2023-09-19 08:49:28 | 読書
 黒い大型バイクを操るヴィキー・パイクの背中に抱きつくようにして、後部座席にしがみついていたジョー・タルバートの目から涙が流れ落ちた。ミネソタ州はヘルメット無用だから、ヴィッキーはポニーテールの髪と革ジャンといういで立ち。時速110キロで走るバイクに襲う向かい風は、サングラスの隙間に入り込んで涙を誘発する。

 ミネソタ大学を卒業して今はAP通信社の記者をしているジョー・タルバートは、州上院議員トッド・ドビンズのスキャンダルを暴く記事を書いた。ところがドビンズから捏造記事だとして名誉棄損で訴えられている。そんな中で編集長のアリソン・クレスから一枚のプレスリリースが渡される。それにはジョー・タルバートという男が殺されたとある。アリソンは同名のため関連性があると思ったのだろう。確かにあるのだ。母親から聞かされているのは、父親の同じ名前を付けたと。

 そして今、ミネソタ州バックリーという町の「スナイプス・ネスト」というバーのバーテンダー、ヴィッキーのバイクにしがみついて犯行現場へ向かっているわけだ。このヴィッキーの笑顔がすばらしく、何度も見たいとジョーは思う。

 父親のジョー・タルバートはこの町の嫌われ者No1という男だった。それがこの周辺で一番の資産家の娘ジーニーと結婚していて、そのジーニーが自殺したため600万ドル(約8億4千万円)相当の農地を相続している。その父親が殺されたとなれば、息子のジョー・タルバートにそれが相続される。一時は捕らぬ狸の皮算用さながらに浮き足だったが、事件が解決しないとどうにもならないと冷静になった。

 ジョーの恋人ライラはヘネピン郡検察局から、司法試験合格を条件に採用が決まっていて目下猛勉強中。したがってこのバックリーという町には、ジョーが単独で来訪している。保安官事務所のジェブ・ルイス保安官補、町の弁護士ボブ・マレン、父親の兄チャーリーたちと困惑したり、怒りを募らせたり、信頼の絆を構築したり。詮索したりとジョー持ち前の探求心が躍動する。

 一方ライラとの関係が、一時冷たい風が吹いたことがある。ヴィッキーのバーで酔った男に肋骨を折られるという事態になったジョー。歩くのもやっとという状態で、ヴィッキーに支えられながらモーテルに届けられた。ヴィッキーがベッドメーキングを終えて、さらりとジョーにキスしてきた。痛みに耐えていたジョーは拒否することもできない。柔らかくて暖かい唇は、一刻痛さを忘れもっと求めたくなったときドアにノックの音。ヴィッキーがドアを開けた向こうにライラが立っていた。

 馬鹿正直にキスを否定しなかったのでライラの逆鱗に触れた。青春時代というものは多くの過ちを犯すものだ。ただ一つ曲げてはいけないもの、ジョーのように誠実であるべきなのだ。本作は青春ロマンス・ミステリーとでも言っておこうか。ジョーと母親との相互理解が進むという涙の場面もあって、ティッシュかハンカチを用意しておいた方がよさそうだ。
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読書「償いの雪が降るThe life we bury(埋葬される命)」アラン・エスケンス著 創元推理文庫2018年刊

2023-09-10 17:26:53 | 読書
 母子家庭のジョー・タルバートのミネソタ大学生活は、バーの用心棒で支えられていた。これで大学近くのアパートの家賃が払えていた。ミネソタ州オースチンに住む仲の悪い母親キャシーと袂を分かち、ただ一つ心残りなのは二歳下の自閉症の弟ジェレミーを置いてきたことだ。とてもじゃないがアルバイトと大学通学に加えジェレミーの面倒は見られない。

 ミネソタ州オースチンってあまり馴染みがないが、日本のスーパーに行けば「スパム」という缶詰がある。おいしいと思って時々食べているが、スパム(英語: SPAM)はアメリカ合衆国のホーメル・フーズが販売するランチョンミート(香辛料などを加えた挽肉を型に入れて熱して固めたもの、ソーセージミート)の缶詰だという。したがってオースティンは、スパムタウンとも言われる。アメリカ軍の糧食に指定され、駐留軍とともに日本に入ってきたらしい。

 大学の授業で身近な人の伝記を書くという課題を与えられたジョーには、祖父は亡くなっており父については見たこともない、さらにもめぼしい親戚もいないので老人ホームを訪ねることにした。老人ホームのジャネット、院長のメアリー・ローングレンがカール・アイヴァソンを選んでくれた。

 このカール・アイヴァソンという男は、クリスタル・ハーゲンという若い女性をレイプし殺し物置に放り込んで火をつけた罪で終身刑で刑務所に収監されていた。末期のすい臓がんと分かり釈放されこのホームにいる。なんと殺人犯の伝記を書くはめになった。しかし本人の話やヴェトナム戦争時の戦友の話から、真犯人が別にいると思われるようになる。

 そして隣に住む同じ大学の美人の女子学生ライラ・ナッシュに近づき何とか友達関係を築き、30年前のこの事件を担当した弁護士から関連資料を受け取りライラとともに事件を追うことになる。一つ障害となっていたのが、数字を羅列した暗号文の日記だった。それも弟のジェレミーがキーボード入力授業で使うTHE QUICK BROWN FOX JUMPS OVER THE LAZY DOG(すばしこい茶色の狐が怠け者の犬を飛び越える)アルファベットの文字が全部入っている文章で、キーボード入力練習の時に使う。それを暗号の日記に順番に同じ文字はパスして番号を振って当てはめていくと、なんと真犯人が浮かび上がった。

 ジェレミーとライラの関係が佳境に入った。作家によってはまるでポルノ小説並みの表現しか出来ない人もいるが、このアラン・エスケンスは違う。私も気に入った表現だった。「その夜、ぼくたちは愛し合った。それは汗にまみれぎこちなく、僕にどんどんぶつかりながら交わすような、アルコールとホルモンから生まれる愛ではなく、日曜の朝のゆっくりとろけていくようなタイプの愛だった。

 彼女は僕の上でそよ風みたいに動いた。腕の中のその筋肉質のしなやかな体には、重さなどないようだった。僕たちは寄り添い、触れ合い、揺れ動き、やがて彼女が僕にまたがって、ゆっくりと身をくねらせはじめた。月光が細く一筋、カーテンの隙間から流れ込み、その体を照らし出した。彼女は背中を反り返らせ、僕の膝に両手をつき、目を閉じて天を振り仰いでいた。僕は畏れに目をみはり、彼女を取り込み、記憶が永久保存される頭の一区画にその光景をしまい込んだ」

 アラン・エスケンスは、詩的でロマンティックな文章を書く人だ。なお、原題の埋葬される命は、末期のガンで苦しむカール・アイヴァソンのことで、雪が降るというのはカール・アイヴァソンがひたすら雪の降るのを待っていたからだ。小説はハッピーエンドで終わる。

 著者のアレン・エスケンスは、アメリカ、ミズーリ州出身。ミネソタ大学でジャーナリズムの学位を、ハムライン大学で法学の学位を取り、その後、ミネソタ州立大学マンケート校などで、創作を学ぶ。25年間、刑事専門の弁護士として働いてきたが、現在は引退している。デビュー作である『償いの雪が降る』は、バリー賞ペーパーバック部門最優秀賞など三冠を獲得し、エドガー賞、アンソニー賞、国際スリラー作家協会賞の各デビュー作部門でも最終候補となった。
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読書「円周率の日に先生は死んだTHE DISTANT DEAD」ヘザー・ヤング著ハヤカワ・ミステリ文庫2023年刊

2023-09-04 15:00:34 | 読書
 ある年の3月14日円周率小数点以下10桁が3.1415926535の最初の三桁をとって円周率の日とした。そして数学の日とも言われる。その日、ネバダ州ラブロックという人口2,000人の小さな町からさらに奥まったところにあるマルゼンという集落で数学教師アダム・マークルの焼死体が発見される。

 通報したのはアダムと親しくしていた教え子の12歳のサル・プレンティス。その通報を受けたのが消防ボランティアのジェイク・サンチェス。アダムの死を知り悲しみながら、事件の謎を追う社会科教師ノラ・ウィートン。登場する人物にはすべて暗い事情があったりそれを抱えている。

 死体となってしまったアダムには、ベンジャミンという息子がいた。アダムは薬物の過剰摂取で運転事故を起こし、ベンジャミンを亡くした過去を持つ。

 サルには母親がヘロインの注射で口から泡を吹き絶命という過去を持ち、母の兄弟ギディオンとエズラの世話になっている。

 かつてサルの母親に思いを寄せたことのあるジェイク。

 ノラの家も父親が起こした交通事故で息子を亡くしている。妻も他界した父親は、庭の一角においてある、かつて旅をしたキャンピング・カーで起居している。午前中に泥酔してしまうという悲惨な毎日。いずれ父親も死ぬだろうから、その時を機にこの町から出て行って新しい人生を構築しようと考えている。

 そんな中で徐々に真相が明らかになっていく。著者の独特の文体に魅了されながら、確かな人物描写とほのかに漂うユーモアに口元を緩めながら読み進むのは至福の時と言える。

 数学的な味わいの一つ、なぜ1時間が60分なのか。「それは古代文明まで遡る歴史的な慣習である。紀元前2000年頃、バビロニア人は60進数の数値体系を使用していた。 この数値体系には、2、3、4、5、6 などの因数による割り算が容易であるなど、いくつかの利点があり、天文学、数学、計時などのさまざまな分野での計算と測定がより管理しやすくなった。この時間の区分は、古代ギリシャ人やローマ人など、さまざまな文化や文明を通じて受け継がれ、時間管理にこの 60 進法を使い続け 時間が経つにつれて、この慣例は私たちの時間の理解に深く浸透し、他のほとんどの測定に 10 進数ベースのシステムが採用されているにもかかわらず、現代でも使用されている。したがって、1 時間が 60 分に分割される理由は、バビロニアの 60 進数法の歴史的影響によるもであり、バビロニアの 60 進数法には、計算と割り算に利点があり、それが時間管理の実際的な選択となった」とはいうものの原題(THE DISTANT DEAD遠くの死者)とは相いれない邦題になっている。3月14日数学の先生が数学の日に死んだというだけで、主題は別のところにある。最後まで読むとわかるでしょう。 が、私にはよくわからなかったのが難点か。
ヘザー・ヤング、2016年に「エヴァンズ家の娘」でデビュー。アメリカ探偵作家クラブ賞最優秀新人賞候補となり、ストランド・マガジン批評家賞最優秀新人賞を受賞した。サンフランシスコ在住。
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読書「報復VENGEANCE」ドン・ウィンズロー著2015年角川文庫刊

2023-08-21 08:28:49 | 読書
 18世紀1700年代英国の文学者サミュエル・ジョンソンの言葉「復讐は感情の行為であり、報復は正義の行為である」がいきなり出てくるが、原題VENGEANCEは復讐なのだ。報復はRETALIATION。邦題はサミュエル・ジョンソンの言葉にこだわったのかも知れない。

 お話は元アメリカ陸軍対テロ特殊部隊、デルタフォースの隊員ディヴ・コリンズ少佐が退官後ジョン・F・ケネディ国際空港の連邦保安監督官を務めている。クリスマスは妻ダイアナの実家モンタナ州で過ごす予定になっている。妻ダイアナと息子のジェイクを一足先に帰し、自らはクリスマス直前に帰郷の計画ということで今日、二人を送るために空港にやってきた。

 イーグル航空211便ボーイング747-400.乗客416名を載せて巡航高度に向かう。突然爆発音が轟く。ボーイング747は、二つに折れる。そして火の玉となって、一つはロングアイランド海峡に、もう一つはブルックリンの州間高速道路278号線に墜落した。機体の一部がブルックリン・バッテリー・トンネルにも突っ込んだため、大惨事となった。

 家族を失ったディヴ・コリンズは、日常の食事がビールとなり身の回りに気が回らずまるでゾンビのような生活を送っていた。そんなある日、元海軍だという男の来訪を受け調べた結果、テロリストがミサイル発射して211便を撃墜したことを確信する。そのテロリストとは、アブドウラー・アジーズという。

 そのテロリストを追ってメキシコ、イギリス、ドイツ、オランダ、イタリア、フランス、ローデシア、イスラエル、パレスチナそれにアメリカ、それぞれの国の特殊部隊出身者で構成されたチーム編成で、現代のハイテク兵器を駆使した戦争を勃発させる。テレビドラマにしてもいいような展開だった。

 ちなみに日本の自衛隊にも特殊部隊がある。詳細な中身は極秘にされているが、その実力はいかほどか。元隊員の証言がネットで語られている。その実力は、アメリカのシールズよりも上だという。しかも忍者と言われ、突入も静かに突然現れるという。なかなか面白いではないか。
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読書「偽りの眼FALSE WITNESS」カリン・スローター著2022年ハーパーコリンズ・ジャパン刊

2023-07-24 17:18:34 | 読書
 率直に言ってワクワクしながら読んだ本ではない。ジョージア州アトランタ、高層ビルが林立する一角にある、ブラッドリー・キャンフィールド&マークス弁護士事務所に所属するリー・コリアー弁護士は、オーナーのコール・ブラッドリーからレイプ容疑で起訴された男の弁護を優先するように命じられる。しかも裁判は一週間後という慌ただしさ。

 釈然としないまま依頼人の書類に目を通す。レイプ犯容疑とされている男は、アンドルー・テナントと言う。ビルの最上階にあるバーの設備とトロフィー類が飾られた豪華な会議室でアンドルー・テナントと婚約者のシドニー、それに母親のリンダと会った。その母親が言った。「私よりアンドルーの方が姉妹のことをよく知っているわ。当時、私は看護婦として働いていたの。夜勤が多くてね。信頼できるベビーシッターはリーと妹さんだけだった」

 リーは体から血の気が失せて冷たくなるような感覚を味わっていた。リーにはキャリーという妹がいる。そのキャリーが十代のころ、それは23年前リンダの息子トレヴァーのためにベビーシッターをやっていた。ところがリンダの夫バディ・ワレスキーというでかい熊みたいな男は暴力的で、キャリーを毎日のように犯し続けていた。

 そして悲劇が起こる。この日も暴力を振るわれ、セックスを求められて思わず包丁を一閃したキャリー。包丁はバディの太ももの内側大腿動脈を切り裂いていた。出血が止まらない。さすがの熊男も膝を折った。キャリーの急報で駆けつけてきたリー。結局どうしたかと言えば、まだ息のあるマディの顔に食品用のラップフィルムを巻き付けて殺害。体をバラバラにして埋めた。

 こういうことが出来るのは、リーが良家の出でなく、犯罪多発地域の出自だからだ。それでも苦学して、ノースウェスタン大学を首席で卒業したリー・コリアー。それを脅かすのは依頼人のアンドルー・トレヴァー・テナントなのだ。なかなか面白い着想だと思った。リー・コリアーが法を駆使してアンドルーを無罪にするのか。そしてその後の展開はどうなっていくのだろうと期待しながら読み進めた。

 ところがそうはならなかった。特にリーが妹のキャリーを心配する心情をくどいくらいに書き連ねる。結局、文体にリズムがないので途中で読むのをやめようかと思った。もう少し読者の想像力を信用してもらいたい。しかも文庫本上下二冊という長さ。

 そうは言っても文脈の中で知らないこと知るというお土産もある。エル・マクファーソン歩き、Nワード、エド・シーランなど。
 エル・マクファーソン歩きというのは、1990年代のスーパーモデルで現在56歳でも変わらぬ肉体を保持している。

 Nワードとは、黒人にないする蔑称ニガーのことである。

 エド・シーランは、イギリスのシンガーソングライター。曲を聴いたが私の好みではない。本にはなにかと得るところがあるものだ。
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