「平蔵の首」
江戸時代の火付盗賊改方(ひつけとうぞくあらためかた)の長、長谷川平蔵が主人公。火付盗賊改方というのは重罪である放火、強盗、賭博を取り締まるのを仕事としていて、その長谷川平蔵といえば池波正太郎の「鬼平犯科帳」が人気で、アマゾンのブックレビューにもこの本は池波正太郎に届かないし内容も乏しいという批判も書かれていた。
ただ、この本は逢坂剛版の平蔵でトリックや罠を仕掛けてあり、海外版のミステリーという趣きだ。これはこれで結構楽しんだ。ただ、色っぽい濡れ場はないからそのつもりで。
この長谷川平蔵という実在した人物が面白い。子供の頃まあ思春期かな。不良少年だった。不良少年というよりも無頼漢に近い。それが親父の跡をついで出世していったというが、敵も多かったみたいで火付盗賊改方を8年も務めたという。通常は2年ぐらいで役を変わっていくらしいから。人間関係というのはいつの世も複雑で悩ましいものに違いない。
「鬼平犯科帳」
逢坂剛の「平蔵の首」もそうであるように、長谷川平蔵の捕方と盗賊たち、その盗賊の中に見込みのある罪人を捕方の犬として使役させるというパターンは同じ。
ただ、強いて言えば逢坂はドライ、池波はウェットを感じる。印象的なのを一つあげるとすれば「老盗の夢」だろう。
蓑火(みのひ)の喜之助というかつて夜盗の頭目だった67歳の男。今は堅気になり京都へ昔の女の墓参りにやってきた。その帰り道、肉感的な女が前を通ったとき、どきっとして足を踏み外して転んだ。この女が生きていた昔の女の体つきに良く似ていたからだった。
この女は、近くの店の茶汲み女だった。何度か通い、酒を酌み交わしじゃれあっているうちに「あっ……?」意外にも勃然として兆しが見え、盛り上がった乳房がまぶしく老体に若い血しぶきが駆け巡るのを感じた。
五年ぶりの歓喜に震えた。女と出来たのがこよなく嬉しく自分の歳を忘れた。この女を江戸に呼んで一緒に暮らしたいと、最後の夜盗の計画を練り始める。
ここに長生きの秘訣があるのではないだろうか。つまり恋をするということだが、男70歳にもなるとあらゆる点で自信がなくなりめっきり老け込む。この喜之助のような巡り合わせはなかなかないだろうが、諦めずに積極的に行動したほうがいいような気がする。
お洒落に気を使いスポーツに親しみ今以上に教養を身につけるという努力は欠かせないだろう。神様はちゃんと見ているはず。いずれ幸運が訪れることは間違いない。
なお、解説に植草甚一[1908年(明治41年)8月8日~1979年(昭和54年)12月2日 欧米文学、ジャズ、映画評論家]が書いていてやはり心に留めたのがこの「老盗の夢」だという。「それは僕が年をとったので身につまされたせいかもしれない」と書き添えてあった。ちなみに植草甚一60歳のときだった。