それは1972年「ペドロ&カプリシャス」にスカウトされ二代目ヴォーカリストとして高橋真梨子が歌うLPレコードなのだ。1973年に「ジョニーへの伝言」「五番街のマリーへ」がヒットした。その後、ソロ活動に入って現在70歳にしてコンサートやディナーショーと精力的。
歌曲には、フランク・シナトラの人生の終末を歌う「My Way」もあれば、苦難を乗り越えて生きていくぞと言うジーン・ケリーの「雨に唄えば」もあり、一転して多いのが悲しい別れの愛の破綻を歌う曲。高橋真梨子もこういう別離の曲が多い。「別れの朝」「私は旅人」「手紙」などなど。
ネットで失恋の歌が多いということで、おすすめ10曲というのがあった。いずれも現代風のラップ調やらロック調にフォーク調なのだ。フォーク調はまだいいとして演歌以外に中年や高齢の人たちの耳に届くような曲が欲しい。
「いや、時代だから今の若い人のを聴くしかないよ」と言われるかもしれない。ならば海の向こうのアメリカでは、映画「オリエント急行殺人事件」の挿入歌「Never Forget」はどうか。全ての愛についてミッシェル・ファイファーが歌う。しっとりとした、いい曲だ。日本でのポップスで、これがないのが寂しい。
ならば50年程前の歌を楽しむ。「別れの朝」はよく歌たものだ。歌詞がなかなかいいが。今日的には、ちょっと古臭いかな。歌詞を思い出しながら、若き日々を振り返ってみよう。
別れの朝二人は
冷めた紅茶飲み干し
さようならのくちづけ
笑いながら交わした
別れの朝二人は
白いドアを開いて
駅に続く小径を
何も言わず歩いた
言わないでなぐさめは
涙を誘うから
触れないでこの指に
心が乱れるから
やがて汽車は出てゆき
一人残る私は
ちぎれるほど手を振る
あなたの目を見ていた
情景が手に取るように分る。キスでなく「くちづけ」、なんとも情緒がある。「汽車」はもう古すぎる。そしてなんで別れるんだろう。喧嘩別れでもないし、ほかに恋人ができた雰囲気でもないし、多分相手の彼が海外に転勤するんだ。数年の別れ。微妙な言い回し「触れないでこの指に」もしそうなったら、わっと泣いてしまいそう。彼はちぎれるほど手を振ってくれた。恋人たちの別れは、いつもドラマティックだ。
こういう経験はないけれど、映画を観るような疑似体験ともいえる。特に過去の時間が長くなり、未来の時間の終焉が手が届くところにある年齢の者にとっては、背筋がぞくりとし心がブルーになるのはなぜだろう。もう一度その年代に戻り恋をしたいと思っているのかもしれない。
高橋真梨子のポッブな曲調と歌唱力が身に着いた楽曲は、言葉の壁も乗り越える普遍性と物語性に価値がありそう。それでは、LPレコード整理中に再び目にした高橋真梨子の「別れの朝」をどうぞ!