2020年9月にアメリカで刊行され、映画「裏窓」と「ゲットアウト」の遭遇だと絶賛されていて、2021年アメリカ探偵作家クラブ賞のオリジナルペイパーバック賞とストランド・マガジン批評家賞最優秀新人賞に輝いた。
ヒッチコックの「裏窓」は、足を怪我したカメラマン(ジェームス・スチュワート)が暇を持て余して向かいのアパートを望遠カメラで覗き見する。そして犯罪を見る。恋人(グレース・ケリー)が調査に当たる。それがもとでカメラマンに危機が訪れる。 というお話だった。
未見の「ゲット・アウト」は、白人のガールフレンドの実家を訪れたアフリカ系アメリカ人の青年が体験する恐怖を描く。 とウィキペディアにある。
この本は地域における居住者の階層の上位化とともに、建物の改修やクリアランス(都市再開発)の結果としての居住空間の質の向上が進行する現象のジェントリフィケーションをもとにしていて、端的に言えば貧乏人が追い出され金持ちが支配するということ。
「ニューヨーク・ブルックリンのベッドフォード=スタイベサント地区は、アメリカでも最大級のアフリカ系アメリカ人居住地区だが、ジェントリフィケーションとともに裕福な他の人種が増え、地区のアイデンティティが揺らいでいる」とウィキペディアにある。
まさにこれがこの本のテーマなのだ。揺らいでいるアイデンティティを守ろうとする黒人女性シドニーとシドニーの向かいに引っ越してきた白人のセオのカップルが終盤、壮絶なバイオレンスを演じる。
ブルックリンには、歴史的なブラウンストーン(褐色砂岩)の家屋が連なっている。ラブロマンスの映画にもよく使われている。交通の便もいいとろで誰もが住んでみたい地区ではあるが、黒人たちが増えてきたため、白人は郊外に逃げ出した。そして再び帰ってきた。 と聞いたことがある。
さてシドニーはバツイチ女で30歳子供なし。このブラウンストーンの建物の歴史ツアーに参加して、白人中心の説明にイラついて自ら歴史ツアーを立ち上げようとする。それに協力するというのが白人のセオなのだ。
このセオ、親父がマフィアで悪いこともしてきた男なのだ。キムという裕福な出自をもつ女性が恋人。実家は週末にはニューヨークから脱出する車で大渋滞する高級住宅地ハンプトンズにある。裕福な出だからといって性格がいいとは限らない。キムは、セオに最後通牒を突き付ける。実家に帰るためにスーツケースを転がしながら
「私が帰ってきたとき、もうあなたはいないんだから」1週間の猶予をもらったセオ。最後の強烈なパンチが飛んできた。「冷蔵庫に残っているワインは飲んでもいいけど、私のものを壊したりしないでね。もしそうなったら思い知らせてあげる」
シドニーたちが住んでいる近くに、2005年に閉鎖されたギフォード・メディカルセンターもとはヴリセンダール療養所。ここをヴァレンテック製薬が買い取ろとしている。地元の人たちは反対している。そうこうしているうちに、住民がつぎつぎといなくなる。そのあとに白人が入居してくる。シドニーは不思議に思う。
シドニーが親しい友ドレアの死体を発見してから、セオと歩道に埋め込まれた金属扉を引き開け降りていく。 とメディカル・センターの地下には近所の人たちがゾンビのようになっていた。そこではアヘン製剤依存症の治療法を研究しているらしい。
これを裏で画策しているのが、セオの恋人だったキムの父親なのだ。拳銃が火を噴き、死体がゴロゴロ。当然キムも銃弾に倒れる。いったいこの死体をどうするんだ。 と思っていたら、町内会の高齢者たちの行き届いた監視によって、ガソリンをバラマキ火をつけて建物もろとも崩壊する。証拠も何もない。最後は漫画のような結末なのだ。
それにしてもこの本に描かれるニューヨーク、グルックリン。住みたいと思わない状況なのだ。公園という公園には十代の若者がたむろして近寄りがたい。シドニーもタクシーに乗っても、自動的にドアにカギがかかるのを「なぜロックしたの?」タクシーの運転手が言う「チャイルドロックだよ。一定時間たつと自動的に作動する」シドニーはかなり神経質になっている。セオも言う「黒人の大男が妙な動きで向かってきたらどう考えるべきか。ドラッグ、犯罪、危険、じゃないかな」
白人警官が黒人の犯人逮捕時に死なせたことがきっかけで、BLM(Black Lives Matter)運動が高揚し、商店略奪まで発生した。私が思うに、なぜ黒人も経営する商店を襲うのか。不思議でならない。
ニューヨークは代々民主党の市長が務めている。今は共和党支持の元市長ルドルフ・ジュリアーニは、ここブルックリンの生まれである。
著者のアリッサ・コールは、歴史もの、現代もの、SFものなど幅広いジャンルのロマンス小説で受賞歴もあるアフリカ系アメリカ人の女性作家である。