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読書 三島由紀夫「音楽」

2006-12-05 11:02:54 | 読書
 
               
日比谷で開業する精神分析医汐見和順の元を訪れた弓川麗子は、
 “真っ赤なコートを着て入ってきた。こういう人目を引く色彩の好みには、何か心理的な意味が隠されている。おどろいたのは麗子の美しさであって、年の頃は二十四、五だが、真っ赤なコートに引きかえて、あまり目立たぬ品のよい化粧をしているのは、もともとの顔立ちによほど自信があるからだと思われる。
 整った顔だが、整った冷たさがない。鼻の形のよさが横顔を美しく見せているが、その鼻も決して高すぎず、程のよい愛らしさを持っている。
 唇がむっちりしているのに、あごの形は繊細で脆そうである。その目は澄んでいて、目の動きには、これといった異常は認められない。しかし私が出て行って挨拶したとき、彼女は明らかに明るい笑顔を浮かべようとしたのだが、正にその瞬間、その頬にチックが走った”

 というところから精神分析医汐見和順の一人称で語られる。冒頭読者に語るのは、“私は分析医としていろんな事例にも会い、何事にも驚かない修練を積んでいるつもりであるが、知れば知るほど、人間の性の世界は広大無辺であり、一筋縄ではいかないものだという感を深くする。
 性の世界では、万人向きの幸福というものはないのである。読者はこれをしかと心にとめておいていただきたい”

 そして弓川麗子の問題とは、セックスのとき何も感じないという、いわゆる不感症でオーガズムは遠いかなたの出来事になっている。そのオーガズムを「音楽が聞こえない」と比ゆ的に表現する麗子に、汐見は文字通りに受け取ってラジオを持ち出してくるという、後で分かると“医者をからかっちゃいけない”と言う言葉しか出てこない。まさに麗子は医師をからかい嘘をついたのだ。

 精神分析手法で突き詰めていくと、原因が兄と妹との近親相姦という忌まわしい事実だった。平易な文体で「仮面の告白」のように知能を試されているという居心地の悪さもなく、さらに辞書を引くこともなく、冒頭の麗子の描写で難なく感情移入ができ、まるでミステリーを読んでいるように一気に読んでしまった。

 巻末の解説によると“小説『音楽』は、三島由紀夫の作品系列の中で、主流に属するものとは言いがたい。これが最初に発表された舞台も婦人雑誌であったし、作者はある程度、読者大衆を意識して、いつもの三島文学の厳格無比な修辞を避け、平易な文体を心がけているように見受けられる。
 これは三島が自分の主流に属する仕事のかたわら、時々見せる才気の遊びともいうべき、よく出来た物語の一つであろう”と書かれている。

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