角川書店刊 2008年3月
ノーブルな清原さんの表紙絵にだまされてはいけません。これはへたな怪談よりずっと怖い人間の本心の物語。この3月に上下巻いっぺんに出た新刊です。
原作付きの漫画をここで紹介するのは珍しいと思うのですが、原作者の 筒井康隆氏 はわたし中学高校時代に結構はまって読んでた人なんです。多くの人と同様、中学でSFにちょっとはまった私は 星 新一 レイ・ブラッドベリ とこの筒井氏がお気に入りでした。星氏は正統派ビートルズ、筒井氏はやんちゃで毒のあるローリングストーンズ、ブラッドベリはう~ん、帝王カラヤンかはたまたジャスだとマイルス(ディビス)か、ロックならピンクフロイドか (意味不明になってきたぞ)
つまり、筒井氏の作品には破天荒な話の中にも深い観察による皮肉と毒とがちりばめられてあって、当時背伸びして斜に構えた天邪鬼の私はとても気に入っていたということです。
筒井氏が唯一 (たぶん) 出した厚い漫画の本まで買って読んでました。絵はもちろん本職並みとは行きませんでしたが、内容は面白かったしエロティックでしたよ。
あっ、筒井氏は少年用に 「時をかける少女」 とか TV原作 「富豪刑事」 とか近年アニメになった 「パプリカ」 とか、とても幅広いそして息の長い作家さんなのはみなさん知ってますよね。天邪鬼な変な作品ばかりじゃありませんよ~。
で、この 「家族八景」 をマンガ喫茶で見つけてあら筒井さん、と手に取ってみたわけです。1冊だけだったのですが、しばらく振りの 人間の本音爆発振り が大変面白かったです。
どう爆発してるかというと、主人公の 火田 七瀬 は生まれつき他人の心の中を読める超能力を持っているので、人の本音が聞こえてしまう・・・。雑多なものが入ってこないよう、いつもはその力に鍵をかけているのだが、必要な時にカチッと開けて対象の心を探ってみる。すると外見からは思いもよらぬその人の心の本音が七瀬の心の中にどっと入って来る、という仕組みです。
七瀬 は一つ所に長く居ると自分の力を感づかれてしまうので、住み込みの家政婦さんをしてあちこちの家庭に入って生活しています。あるときはお金持ちの子供の居ない夫婦の家、あるときは子沢山のだらしない母親の居る商店、又ある時は一流企業お勤めのだんな様・大人しい奥様・かっこいい大学生の息子・美人で活発な娘のいる一見非の打ち所の無いような家、早期定年退職して家族の皆にうざがられているご主人のいる家庭、などなどです。
七瀬が原作20代のところ、18歳で家政婦をやっているという設定などリアルさに欠けると思うのですが、(若いんだからもっと効率のいい仕事あるでしょ) 設定としていろいろな家庭に入り込める仕事が良かったのかも知れません。
私も人間を50年以上やってれば、何もなく平穏で穏やかな家庭なんて無いということは分かってますが、それにしてもここに出てくる各家庭は一つ間違えば事件・事故になってもおかしくないところばかり。それを皆言いたいことを言わず、差しさわりの無いことに言い換えて綱渡りで生活している。
「家政婦は見た」 のもっとえげつないバージョンと思えば、人の家庭の不幸は蜜の味、でどんな悲劇も他人事としてけらけら笑っていられます。
しかし、実は現実はもっとひどいのかも知れない。みなさん、自分の家族の事を考えて御覧なさい。もし自分が言いたい事を全部言ってしまったら、相手に思っていること全部言われたら、それでも明日から一緒に住んでいられますか ?