猫とマンガとゴルフの日々

好きな物を題名に↑ 最近はゴルフとグルメお出かけ主体に。以前は1960年~70代マンガを紹介していました。ネタバレ有り。

やまだ 紫 マンガ日本の古典-21 「御伽草紙」

2009年07月24日 10時27分13秒 | マンガ家名 やらわ行
         

           ↑ 中央公論社 1997年4月25日初版


 今年5月、悲しく惜しくも永眠なさった やまだ 紫さん の10年以上前になりますがこのシリーズの為の描き下ろし作品。

 やまださんの亡くなる前後についてはパートナーでいらした 白取さんのブログ → 白取特急検車場【闘病バージョン】 にて詳しいです。


 御伽草子については、前書きによると室町から江戸時代初期にかけて書かれた短編読み物を一般に 「御伽草子」 と呼ぶそうですが、そのうちの23作品を江戸中期までに大阪の 渋川 清右衛門が出版したと推定されるそうです。
 この作品には 「一寸法師」 「鉢かづき」 「長谷雄草紙」 「ものくさ太郎」 「酒呑童子」 「猫の草紙」 の6話が描かれています。

 おとぎ話とバカにするなかれ、「酒呑童子」 はハラハラワクワクドキドキの英雄譚、 「一寸法師」 「ものくさ太郎」 は現在でも絵本になっていてよく知られた話です。
 「鉢かづき」 は元祖まま子いじめのお話ですね。
大きな鉢が取れずにいじめられる → お屋敷に拾われるが下使いで苦労 → その家の末子に愛され大逆転 
 というシンデレラストーリー。今はあまり絵本では見ないけれど、私の小さい頃は絵本でも見ましたよ。今はディズニーのシンデレラの方がドレスとかお城とか小さい子には夢がありますからね~、まま子いじめも洋物の方が隆盛しているようです。(笑)

 名前を知らなかった 「長谷雄草紙」 は、平安時代 妖しの者 が貴族の男と賭けをし、負けた鬼が 美女 を貴族に呉れてやると連れてくる。しかしその 美女 はたくさんの死人の中から良いところだけを選りすぐって作ったものだったという、何やら後世の他の話にも影響を与えたような 絵物語 からのお話。

 「猫の草紙」 これだけ江戸初期の成立だそうです。高僧の夢の中にネズミや  猫  が表れて、それぞれ勝手なことを言い合うという、立場が違えば言い分も違うというちょっと哲学的な匂いのするお話。

                              
 
 作者あとがきによると何度かの入院などあり、刊行にあしかけ3~4年かかったとか。作者は言い訳はよしましょう、なんて言ってますが実は眺めていて、絵柄も絶頂の頃と比べてしまうとちょっと粗い気もするのです。大変な時期と重なっていたんではないかと推測します。

 やまだ氏はあまり脚色せずに淡々と描かれているようですが、最後に必ず神仏がどうとか出てきて、読んでいて説教臭い~と思っていたのです。ところがやまだ氏も原作を読んでそう思ったらしく、

 ― 宗教の苦手な私は一話完成の度に 「なんかナァ…」 といったふうでした。 ―

 と言っています。いずれも布教の為の説話だから、と言っていますがお坊さんや親が子供たちに興味を持つように面白可笑しく語って聞かせた人生訓のようなものなんでしょうか。
 現代の我々の感覚とはずいぶん違うと感じます。それだけ今の日本は神も仏も信じていないばち当たりな人間ばかりということか ? 
 
コメント (2)
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