二草庵摘録

本のレビューと散歩写真を中心に掲載しています。二草庵とは、わが茅屋のこと。最近は詩(ポエム)もアップしています。

「大英帝国衰亡史」 中西輝政(PHP文庫)

2010年04月07日 | 歴史・民俗・人類学
中西さんは、以前「なぜ国家は衰亡するのか」(PHP新書)を読んでいる。
高坂正堯さんの高弟で、イギリス留学経験がある。ヨーロッパ外交史を専門とし、マスコミなどでは、高坂さんの後継者として紹介されることが、かつては多かったようである。
名著といわれる高坂さんの「文明が衰亡するとき」は7、8年まえに読んでいるけれど、もうあまり覚えていない。
本書は、もしかしたら、いや間違いなく「文明が衰亡するとき」に匹敵する名著といっていいだろう。刊行時の評価は高く、毎日出版文化賞、山本七平賞を、ダブル受賞している。

わたしはヨーロッパ史については、ほとんど無知蒙昧の徒。
そういう人間が、本書をどこまで評価できるだろうか?
しかし、PHP文庫に収録されていることからもわかるように、専門的知識がないと本書が読めない・・・ということは決してない。
第一級の文学者というに近いすぐれた文体をもっていて、壮大な「衰亡の叙事詩」を読んでいるような味わいが、随所にある。たしかに、世界の面積の4分の1、全人口の6分の1を支配し、栄華を極めた大英帝国が、かつて存在したのである。

お手本は、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」にあるのは明らかであるが、残念ながら、わたしはまだ読んでいない。かつて夢中になって全巻通読した、塩野七生さんの「ローマ人の物語」も、ギボンを強烈に意識していた。
塩野さんの「ローマ人の物語」は、文明や国家といった、完全に把握しつくすことのむずかしい巨大な対象に立ち向かって、見事な成果を収めている。全15巻のどれをとっても、ゆるみがなく、人間的な英知と、大いなる感情のドラマと、史実への透徹したリアリズムがむすびついた巨編といっていい。
中西さんのこの本は、分量からいっても、かけられた歳月からいっても、「ローマ人の物語」にはおよばないものの、これはこれで高く評価せざるをえない。

巻末には、内外の膨大な「参考文献」一覧表が置かれていて、圧倒されるが、
わたしの直観では、中西さんは、大学教授=書斎人の枠に閉じこもるタイプの人間ではない。
アカデミズムの巨塔から出て、広く不特定多数の読者に平易に語りかけ、歴史のおもしろさを説いている。学識がその「説」をささえ、数語に重みをつけ加える。
日本人がこのような著書を書いた・・・ということにも、むろん、大きな意義があるだろう。

マスコミに文章などをさかんに発表して、保守系の論客としても名をはせているらしいが、
わたしにとっては、そういった仕事はどうでもよい。
あえて生意気なことをいわせてもらえば、きな臭い時事評論にうつつを抜かす時間があるなら、学者としての本分をまっとうし、20年、30年の歳月をへても、その価値が目減りしない仕事をしてほしいものである。
ヨーロッパと英国について、こんなふうに重厚かつ真摯に語れる人は、そう多くはあるまい――と考えるからである。
どういうわけか、この本を読みながら、塩野七生のいわば「偉大さ」に思いをはせないわけにはいかなかった。塩野さんは、15年にわたって、年1冊のペースで「ローマ人の物語」を書きつづけた。渾身の力作というにふさわしい仕事なのだが、いまの日本に彼女のようにそのもてる力のすべてを凝縮しきった仕事をしている人間が、はたしてどのくらいいるのだろう。中西さんには、それができるはず。
ぜひつぎの「代表作」を書いてほしい。

ところで、大英帝国は、じっさいは衰亡したわけではない。
まだ、亡びてはいないのである。
中西さんの胸中には「この国、日本の衰亡」を見据えるまなざしが、
たしかに存在している。わたしとしては、それを見とどけることができて、満足である、といっておくにとどめよう。
すぐれた「警世の書」とは、こういう姿をして、読者のまえに現われる。


評価:★★★★★

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「この国の仇」 福田和也(... | トップ | 「チャイコフスキーコンクー... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

歴史・民俗・人類学」カテゴリの最新記事