福岡県北九州市小倉北区鍛冶町にある森鴎外旧居です。
明治の文豪森鴎外が旧陸軍第12師団軍医部長として小倉に勤務していた時の住居です。後に鴎外が書いた「鶏」は、この家を舞台にしたものだそうです。
鴎外は明治32年(1899)から2年10ヶ月間小倉に住んでいましたが、その最初の1年半住んだのが、この鍛冶町の家です。
そしてここで名訳とされるアンデルセンの「即興詩人」を翻訳し、「我をして九州の富人たらしめば」「鴎外漁史とは誰ぞ」などを書いたそうです。
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