旅と歴史

全国各地の史跡を取り上げて紹介しています。

二尊院

2018年05月17日 | 旅 歴史

 京都府京都市右京区嵯峨二尊院門前長神町に二尊院(にそんいん)があります。
 二尊院は正しくは、小倉山二尊教院華台寺(にそんきょういんけだいじ)という天台宗のお寺です。平安時代初期の承和年間(834-847)、嵯峨天皇の勅により円仁(慈覚大師)が創建したと伝えられています。
 鎌倉時代に造られた「発遣(ほっけん)の釈迦」如来像と「来迎(らいごう)の阿弥陀」如来像の「二尊」の本尊の立像が並んで祀られているので、「二尊院」と呼ばれるようになったそうです。
 発遣の釈迦如来は衆生に阿弥陀如来の極楽浄土へ行くように勧め、来迎の阿弥陀如来はその衆生を迎えます。この木造釈迦如来立像と阿弥陀如来立像は像高2像とも78.8cmで、国の重要文化財に指定されています。
 のちに荒廃しましたが、法然が九条兼実の助力で再興し、弟子の湛空(たんくう)が堂宇を増築しました。嘉禄3年(1227)の嘉禄の法難の時、法然上人の遺骸を天台宗の僧兵から守るために法然廟所から二尊院まで六波羅探題の武士たちに守られながら遺骸が移送されました。
 天台、真言、律、浄土の4宗兼学の寺となり隆盛しましたが、応仁の乱による延焼で堂塔伽藍が全焼しました。永正年間(1504-1521)に長門の僧・広明恵教(えきょう)が三条西実隆(さねたか)・公条(きんえだ)父子の援助で復興させました。
 豊臣秀吉からは120石、徳川家康からは200石の寺領を与えられ、明治に天台宗に戻っています。境内には公家の二条家、三条家、四条家、三条西家、嵯峨家(旧・正親町三条家)、鷹司家の墓のほか、伊藤仁斎・伊藤東涯父子、角倉了以・角倉素庵父子、阪東妻三郎の墓などがあります。

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