フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

1月2日(水) 晴れ

2008-01-03 03:18:17 | Weblog
  8時半起床。本当はもう少し寝ていたかったが、妻と娘の話す声で目が覚めた。2人はこれから東急プラザに福袋を買いにお出かけである。
  この世には二種類の人間がいる。福袋が大好きな人間と福袋に興味のない人間である。妻と娘は前者であり、私は後者である。息子には確認したことはないが、たぶん後者であろう。してみると男と女と言い換えてもいいような気もするが、これはたまたま大久保家ではそうであるというだけかもしれず、早急な一般化は控えねばならない。
  福袋が大好きな人間にとって福袋の魅力とは、第一に、支払う金額以上のものが福袋には入っている(お買い得)、第二に、何が入っているか開けてみるまでわからない(わくわく感)、ということのようである。
  他方、福袋に関心のない人間からすると、たとえば1万円相当の商品が5千円で購入できたとしても、その商品の使用価値は5千円を下回ることがしばしばあり(必要でない物、好みではない物を買わされる)、そのとき「わくわく感」は容易に失望感に転化しうるものである。
  好意的に考えるならば(私は夫として父としてそうするように努めようと思う)、福袋を買うという行為はバーゲンで洋服を買うという実利を求める行為とは違い、宝くじを買うのに似たギャンブル的性格や、「お正月だから」といった祝祭的・年中行事的性格を含む行為なのであろう。
  しかし、こうした好意的解釈も、ついさきほど居間においてあった福袋の数とそれぞれの金額を確認するに及んで、修正をせざるをえなくなった。それは「福袋中毒」あるいは「福袋依存症」と命名すべきものであり、今年度の日本精神病理学会大会のテーマセッションでぜひ取り上げてもらいたいものである。とにかく驚いた。その驚きは本日の箱根駅伝で早稲田大学が往路優勝を遂げたことに匹敵するものであった。

(福袋の写真を載せる予定だったが、妻が怖い顔でにらむので、ビビッて取り止めた。)