フィールドノート

連続した日々の一つ一つに明確な輪郭を与えるために

9月26日(火) 晴れ

2023-09-27 12:29:24 | Weblog

8時45分、起床。

チーズトースト、目玉焼き、ソーセージ、サラダ、牛乳、珈琲の朝食。

家にはタバスコが常備されていなかったのだが(辛い物を好んで食べないので)、チーズトーストを食べるようになって買ってみた。

本日の『らんまん』。紀子は標本の整理をするにあたって採集地を特定する必要があり、万太郎の日記を参照することになった。日記というのは、通常、行動の記録と心情の記録であると思うが、万太郎の日記は行動記録中心なのだろうか。

万太郎の評伝を書こうとする者にとっては第一級の資料である。それを読めるなんて役得だな。

一頁に二日タイプの日記である。震災のあった日も日記を付けていたのか。後日、振り返って付けただろうか、当日は、あの様子では、日記を付けている余裕などなかったように思うが、牧野富太郎の本物の日記なのだろう、書かれていることはドラマの内容と同じではない。当日は家の近くの広場で過ごし、二日目に代々木の方(練兵場だろう)へ避難したと書かれている。

ドラマの舞台は昭和2年に戻る。

波多野と藤丸がタクシーに乗って大泉の万太郎の家にやってきた。いまさらだが、「藤丸」は苗字なのね。藤丸次郎。下の名前かと思っていた。

昨日のブログを書いてアップする。

今日は大学で会議ある。大学に出るのは8月5日以来である。

家を出るのが遅れて、途中でどこかの店で昼食を食べている時間がなさそうだったので、電車に乗る前に、駅ビルに入っている街中華の「你好」のテイクアウト専門店でチャーハンを購入し、イートインコーナーで食べることにする。

熱々ではないけれど、美味しいチャーハンである。706円(税込み)。

現代人間論系の教室会議。

引き続いて、現代人間論系総合講座の打ち合わせ。

6時半頃、大学を出る。

庄司武史さん(川村女子学園大学准教授)から論文の抜き刷りをお送りいただいた。「財団法人二十世紀研究所の事業と思想 終戦直後における知識人活動の一事例」。「二十世紀研究所」というのは清水幾太郎が終戦から数年間、所長を務めて活発に活動した知識人の組織である。戦中から戦後の清水の活動を架橋するものとして重要なものだが、意外に資料が乏しいのである。今回、庄司さんは国立公文書館に保管されていた資料を発見して、それを使って本稿を書かれた。清水幾太郎の研究者にとっては非常に興味深い論稿である。地下鉄の中で読み始め、大手町を乗り過ごして、日本橋まで行ってしまった。

夕食はジンギスカン風肉野菜炒め、白菜の漬物、味噌汁、ごはん。

食事をしながら『転職の魔王様』最終回(録画)を観る。来栖の転職相談を未谷が受けるという展開。来栖は昔の夢を求めるのではなく、いまの仕事に留まることになった。二人の恋の行方も見届けれたように思う。

デザートは梨。アジア大会卓球女子団体は3-0で中国に負けはしたものの、どの試合もセットを1つないし2つ取る接戦で、王者中国も必死だったようである。

大学に出た日は歩数はそれなりにいっているので、夜のウォーキングはいつものコースを3周するだけで、8000歩をクリアーした。

風呂から出て、桑田佳祐の『やさしい夜遊び』をタイムフリーで聴きながら、今日の日記を付ける。

1時45分、就寝。